かつて山本七平は、日本軍組織の意思決定プロセスに注目し、「空気」の存在とその非合理性を追究した。山本によれば、空気が発生すると意思決定者は沈黙し、沈黙という合意の下に、組織は非合理的な決断をするという。だが、彼の議論は状況描写にとどまっており、どのようにして空気が発生し、なぜ意思決定者が発言しないのかという行動を説明するものではない。
本稿では、山本が空気論の典型的事例として取り上げた「戦艦大和の沖縄特攻作戦」の意思決定プロセスを分析し、空気が合理的に発生するメカニズムを明らかにする。
自殺行為に等しい特攻作戦に反対していた海軍のエリートたちが、「空気に従う」までの論理的判断は、どのようなものだったのか。取引コスト理論を用いれば、そこに、計算合理的なメカニズムが存在したことがわかる。合理的判断の下に「空気」が生まれ、それを読み取る組織が、その合理性ゆえ不条理に陥るのである。