“うつ病国家”からの脱却が必要だ
石倉 ご著書でも、日本の国宝や重文建造物の修理・保存予算は年間81億円しかなく、500億円規模のイギリスと大きくかけ離れていると指摘されています。その結果、イギリスでは文化財を中心とした観光経済は2兆8000億円で、そのうち4割が外国人観光客。世界で見ても、GDPに占める観光業の貢献は9%前後であるのに対して日本は約2.6%。もっと文化財を核にした観光を伸ばすべきだとおっしゃっていますね。
アトキンソン 日本の文化財は無防備の状態です。人の髪を切るのに理容師と美容師の2つの国家資格を用意している国が、文化財の修復を担う技術者の国家資格を設けていないのですからね。「そこまで厳しくしたくない」と言われますが、「あなたがケガをして、医師免許のないその辺の人に手術をしてもらいますか。大切な文化財を修復する技術者に国家資格がないのは、文化財を大切だと思っていないからではないですか」と私は反論します。
性善説から考えているのであろうということはわかります。しかし悪く解釈すれば、他人への責任転嫁ともいえます。こうした感覚では、ビジネスとして成功しませんし、業界の活性化など起こりえない。だから小西美術工藝社の社員には、少なくとも業界の中で手抜き一切なしのダントツトップの品質を提供できなければ、我々は何も言えない、と何度も言い聞かせています。
石倉 よくないことに執着する。それが、変わりたくないという雰囲気を増長させてしまう。まさしく悪循環ですね。
アトキンソン そうです。日本はうつ病の国になってしまっている、と思います。マイナス思考が強くて、何も変えたがらないというのはうつ病の特徴です。支持・不支持はさておき、少なくとも民主党政権の時は全部マイナス思考で、朝から晩まで「あれはダメ」「これもダメ」と言われているようでした。「2位じゃダメですか」は本質的な話ではあるけれど、それを政治家や社長が言ってはいけないでしょう。2位が実力値だとしても、やはりトップに立つ人はプラス思考で上を目指さなければ社会も会社もなり立ちません。
石倉 なるほど、そうですね。うつ病の国なのに、最近は外国人に「日本はすごい」「信じられない技術だ」などと言わせる“日本われぼめ症候群”が増えているともいっておられますが。
アトキンソン 確かに日本には世界に類を見ないものがたくさんあります。教育水準もリテラシーも高く、インフラも整備され、警察や官僚が賄賂を求めたりすることもない。不満があったら裁判を起こしたり役所に改善を働きかけたりすることもできる。それなのに、日本の1人当たりGDPの生産性はOECD諸国の中で26位前後。これは明らかに直すべきことがあるということでしょう。
文化財にしても観光産業の肝になりえるのに、「VISIT JAPAN」では施設として紹介されますが、どう見せるか、どうお金を落としてもらうかという戦略はまるでない。それでいて「日本、最高でしょ」と自惚れている。すごいすごいと言うだけで、現実は無視するか語らない、本当に不思議な国です。
石倉 うつ病的な「自虐」の対極にあるのが「自尊」だと思います。日本では、自尊が嵩じて、上から目線のおもてなしや事実を突きつけなければ議論にならないなど、さまざまな風土ともつながっているのかもしれませんね。今日はありがとうございました。
【対談を終えて】
今回の対談は、日本社会や経営者に対して厳しい指摘が多々ありました。たとえば、アトキンソンさんが、金融業界で数字を分析して指 摘されてきたことは、金融が専門ではない私が見ても、どれもこれも「全くもっとも」というものばかりです。こうした数字に基づいた分析や提案を日本の金融 業界がどこまで否定、拒絶してきたか、というご指摘は、バブルの後の危機的状況を思い出させてくれました。(次のページへ続く)