事実を突きつけないと
議論にならないビジネス風土
石倉 アトキンソンさんは、バブル崩壊後の1991年にソロモン・ブラザーズのアナリストとして出された「銀行の不良債権」というレポートで一躍時の人になりました。銀行経営の喫緊の課題を不良債権と定義して包括的に分析した画期的な内容で、それをきっかけに「不良債権」という言葉が定着しましたね。アトキンソンさんは不良債権の総額を約20兆円と試算されましたが、その額は当時の大蔵省(現・金融庁)や銀行の試算を大きく上回るものだっただけに大反響を巻き起こしました。
アトキンソン レポートが新聞に紹介された朝、銀行株の売りが殺到しました。大蔵省からは「説明を聞きたい」と電話が入り、銀行の幹部からは「ふざけるな」という怒りの電話がひっきりなしに入り、オフィスのすべての電話がふさがってしまうような状態でした。日本の銀行マンは普段は上品ですが、怒ると品位が落ちる(笑)。
挙げ句は、「アメリカ政府が、ソロモンを使って日本経済をダメにしようとしている」という陰謀説が流れたり、オフィスの周りを街宣車に囲まれたりと混乱しました。上司が「このままでは危ない」と判断して、1カ月ほど海外の顧客回りをすることになりました。結果的に不良債権額は20兆円どころではなくなるのですがね。
石倉 その経験からアトキンソンさんが強く実感された、また日本について新たに学ばれたことは何ですか。
アトキンソン 日本には、「Fact(事実)」をベースにして議論するという発想がないことです。1990年代の日本の銀行アナリストは、銀行の言い分を詳しく投資家に伝えるだけで、独自の分析をしていませんでした。私は、保有する株式の含み益を銀行別に試算したりして独自の分析を試みました。分析を重ね経営の核心部分に近づけば近づくほど銀行から疎まれたものです。銀行から一方的に「我々の主張を投資家に伝え、株を買うように薦めるのが証券会社の仕事だろう」と断じられ、「私は、そうは思いません」と言うと、「あなたがどう思うかは関係ない」と罵声を浴びせられる。ですが、事実を隠しても、結局銀行も投資家も不幸になるだけです。何を言われようが、事実を突きつけなければならないと思ったものです。
石倉 徹頭徹尾、事実をベースにした議論をしないと、現実を詳らかにすることはできません。それを認めようとしないのも、権威主義的であるがゆえですね。
アトキンソン バブル期の日本の銀行は、世界トップ3に入る巨大組織で、かつ護送船団方式で政府と一体になって我が世の春を謳歌していました。そんな彼らが「外国人の視点でお気づきの点があればご指摘ください」と言ってきます。しかし本音は、「当たっていない批判」が好ましいのです。「どうせ何もわかっていない外国人なんだから」という、お得意の上から目線。核心部分に切り込まれるなんて、ゆめゆめ考えていません。
実際、当時の日本で活躍していた外資系銀行の外国人アナリストなんて素人に毛が生えたようなものでしたからね。銀行の“期待”に十分応えていました(笑)。
しかし、バブル隆盛となり専門的な知識を備えたアナリストが育ち始め、分析や批判が核心に近づいてくると、日本の銀行は俄然、拒否反応を示し始めるのです。世界トップクラスに躍り出た銀行の頭取が、20代の外国人アナリストから経営上の課題を指摘されるのは受け入れがたく、「あなたに経営を評価する資格などない」という心理が顔に出る。そこを打ち破るには、具体的な事実、数字を提示するしかないのです。
石倉 日本人のアナリストならば、完全に外されますよ。
アトキンソン そうですね。その点では、外資系銀行ということで、ある意味守られ、余計なプレッシャーをかけられないで済みました。日系証券会社のアナリストが私のような見解を明らかにしたら、完全に外されるでしょうね。
石倉 不良債権問題の時もそうでしたが、日本ではよく「ソフトランディング」と言いますが、それについてはどう思われますか。
アトキンソン ソフトランディングなんて信用していません。簡単に言えば、デタラメを正当化するために、極論を持ってきてごまかす手法でしょう。銀行に、「ちょっと修正したほうがいいのではありませんか」と言うと、「日本はそんながんじがらめにすると、かえってよくない」と言う。それでも食い下がって、「いえいえ、私が言っているのはゼロから100の間でいえば現在の10を30ぐらいにしてはどうかということです。なぜあなたは、100を持ち出して現在と比べるのですか」と反論すると、「100になるのはまずい」の一点張りです。
石倉 多いですね、そういうこと。極端なケースを持ってきて大変だ、と大騒ぎする。
アトキンソン ROE(自己資本利益率)論議もそうでした。当時の日本企業のROEは2~3%で、株主の期待に応える経営になっていませんでした。アメリカ企業の平均が15~16%ぐらいですから、「せめて5~7%にする経営努力が必要です」と訴えると、いきなり「日本の経営風土になじまない」「20%とはけしからん」とシャットアウトされる。20%なんて一言も言っていないのに、大げさに反対する。ところが昨年あたりから急に、「ROE経営だ!」と日本中の企業が大騒ぎしている(笑)。不思議な国です。