現代病をトータルに制御する物質が発見された

 しかし、そうしたこれまでの個別に対処するというやり方に対して、病気をトータル・システムの中で捉えていこうとする研究も進められているんです。

 東京大学に疾患生命工学センターという研究センターがあるのですが、そこの宮崎徹教授(分子病態医科学部門)は、さまざまな病気に関与する生理現象の分子メカニズムをトータルに捉えて、その病気の根本的な発生機序を解き明かそうと励んでおられます。

 そして最近、生活習慣病をはじめとするさまざまな現代病の病態を、統一的に制御している可能性の高い分子AIMの発見とメカニズムの解明を発表しました(*1)。AIMは脂肪細胞中の中性脂肪を分解する性質があって、肥満を防ぐ役割を持つタンパク質だというのです。

 宮崎教授は、東大EMPでも講義をしていただいているのですが、AIMの発見とメカニズムの解明によって、多くの現代病に対する新しい治療法開発の可能性が拓けると、おっしゃっています。EMPはまったく新しい思考方法にできるだけ幅広く触れ、体験することを目的の1つにしていますが、その典型的な例として受講生にも人気がある講義です。

――AIMの量が多い人は、メタボになりにくいということでしょうか。

 そのようです。しかし、医科向け医薬として承認されないと治療に使うわけにはいきません。まずはネコ用の動物薬が上梓されるそうです。ネコはAIMを持っていなくて、年をとるとほとんどが腎不全で死ぬそうです。AIMを投与すれば腎不全を治すことができ、ネコの寿命を延ばすことができるということです。

――ネコ好きの方には朗報ですね。

 もちろん、そういう興味や期待も大きいのですが、私が宮崎教授からAIMの話を聞いてすごく重要だと思ったことは、病気の「統一理論」というのがあり得るのかどうかわかりませんが、いま世界の医療研究者の多くがそういう発想で、部分的、要素還元的ではなくトータルな病気のメカニズムの構築、私の好きな表現で言えば、病気のシステム的な理解を目指して努力しているということです。

いまなぜ、統一理論が求められているのか

 物理の世界でも、自然界の4つの力(重力、強い力、弱い力、電磁力)を全て統一する万物の理論への挑戦が続いています。19世紀後半に、電気と磁気がつながっていることがマクスウェルによって証明されました。電気が発生すると磁場が発生し、磁気が発生すると電場が発生する、と。それ以降、じつは全てがつながっているのではないかと、さまざまな仮説が立てられてきたけれども、未完成です。

――アインシュタインも30年間がんばったけれども、結局、統一理論には至りませんでした。

 現在、万物の理論として可能性があるとされているのは、超弦理論ということですが、まだわかりません。

 そういえば、やはり最近発表されたことで、ダークマターに関する新理論もたいへん興味深いものです。東京大学カブリ研究所(国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)の村山斉教授の研究チームによるものです。彼のEMPでの講義も人気講義の一つですが、宇宙の80%を占めている未知の物質であるダークマターの解明が進むことは、統一理論の完成にも大きく寄与することになるはずだろうと期待しています。

 一方で、最近読んで感銘を受けた本に『数学の大統一に挑む』という本があるのですが、こちらは旧ソ連出身の数学者、エドワード・フレンケルの著書で、著者自身の過酷な半生と数学の統一理論への探求の軌跡が情熱的に描かれています。

 古代ギリシャの数学は幾何学でした。古代ギリシャではゼロを発見することができなかったために、代数学をつくることができなかった。そのため、インドでゼロが発見されてアラビアに伝わるまで、数学はバラバラな部分解でしかなかった、と。

 しかし、本当は全部統一的につながっているのではないか、全てがつながった数学の世界は、宇宙の中に目に見えない一つの構造として独立して存在しているのではないか、そしてそれは物理学の統一理論とも表裏の関係のようにつながっているのではないか、というのが著者の到達した壮大な仮説です。

 たいへんロマンチックで魅力的な仮説ですが、証明されるかどうかはわかりません。しかし、宇宙であれ、生命であれ、脳であれ、人間のあくなき真理の追求は、トータル・システムとして理解したいということのようであると私は思っています。

(構成・文/田中順子)