人ひとりの顧客ニーズに応える「ご用聞き」の世界へ 

――IoT、AIをはじめとしたデジタル技術の進展は、ビッグデータの利活用にどのような影響を与えますか。

 AIについては、現在は第三次のAIブームだといわれています。第一次は60年代で、AIでちょっとしたパズルが解けるようになりました。第二次は80年代。この時の目玉は「意思決定」ができるエキスパートシステムです。

 一般には、第二次から第三次ブームに至った一つのブレークスルーは、「ディープラーニング」だといわれています。しかし、個人的には、ビッグデータの影響が最も大きいのではないかと考えています。

 私がそう考えるのは、第二次ブームのとん挫の原因にあります。エキスパートシステムによって意思決定をするためには、推論に必要な「知識」と呼ばれる「ルールのデータ」が必要でした。ところが、そんなデータは存在しないので、人間が書かなければなりません。しかし、エキスパートシステムが結論を導き出せるほどの膨大なデータを書き込むことなど人間には不可能。だから廃れてしまったわけです。

 しかし、いまや「ルールのデータ」はウェブ上にいくらでもあります。加えて、IoTの広がりによって、人間の生活に近いところからもデータが上がってくるようになりました。このようなビッグデータとAIがセットになることで、推論に必要なデータが容易に手に入るようになり、非常に大きなポテンシャルを持ったのだと思います。

――どのような業務や部門にビッグデータは応用されていくのでしょうか。

 現状では、マーケティング部門での活用が盛んですが、今後は顧客と最も深い接点を持つ部署での活用が中心になっていくと思います。というのは、今後は「販売する」というビジネスモデルから、IoT、AI、ビッグデータなどを駆使して「購入後にきめ細かなアフターサービスをする」というビジネスモデルに変わっていくと予想されるからです。アフターサービスによって、顧客との関係を継続させていけば、ライバル企業に顧客を奪われる心配はありません。

 働き方の自由度も上がると思います。アメリカのある生鮮食料会社では、配達員が好きな時間に働くシステムを導入しました。その代わり希望者が多い時間帯は賃金が安く、少ない時には高くなるというアルゴリズムが働きます。それによって、自由に任せているにもかかわらずスムーズなシフトが組めています。

――ビッグデータの利活用によって、最終的にはどんな世界が実現するのでしょうか。

 意外に思われるかもしれませんが、昔の世界に戻っていくのではないかと考えています。これまでは、人々の共通点を見つけるマスマーケティングを目的としたデータ分析が主流でした。しかし、AIとビッグデータはマスではなく「異常値」、つまり一人ひとりの個性を発見するのが得意なのです。最近、AIがディープラーニングによって、猫を認識できるようになったことが話題ですが、そのカラクリは猫を異常値として認識しているのです。

 つまり、AIやビッグデータが発達すれば、一人ひとりに合わせた個別性の高い商品やサービスが提供されるようになるはずです。かつての“ご用聞きサービス”の復活です。商品やサービスを提供する側と受ける側のお互いの顔が見える関係、昔の健全な商習慣が戻ってくると考えています。

 しかし、慌てることは禁物です。ビッグデータを乱用して、人々が不信感を抱くようになれば、必ずとん挫します。まずは、データの取り扱いなどのルールをきちんとつくることが大切です。

(構成/竹内三保子 撮影/宇佐見利明)