レビットの名論文を再読する連載も最終回を迎えた。今回、素材として選んだのは、顧客リレーションシップ・マネジメントについて論じた「顧客との絆をマネジメントする」である。顧客との関係を不断に検証し、関係を深め、それを競争優位へと強めていく――その基本的な考え方は、すでに30年以上も前にレビットによって提唱されていた。
有形財・無形財に共通する
「無形性」という要素
「売り手に欠かせぬ買い手との関係強化」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー1994年6-7月号
『T.レビット マーケティング論』(ダイヤモンド社)第16章
この論文は、いわゆる顧客との「リレーションシップ・マネジメント」に関わるもので、リレーションシップと聞くと私は2つの感慨にとらわれる。まず1つが、リレーションシップは、1990年代のブランド論の議論が盛り上がり、それが落ち着き始めた2000年代に入って浸透してきた概念であることだ。しかも非常に息の長いテーマであり、多くのコンセプトが比較的短期間で輝きを失うマーケティングの世界で、いまなお重要性を維持している。
2つ目は、マーケティングにおいて新たな価値観を提示したことである。それまでのマーケティングは、「ハンティング」に例えられていた。新しい事業をいかに生み出し、新しい顧客をいかに獲得するか。つまりマーケティンの趣旨は、新しい獲物を探すところにあると考えられていた。
しかしレビットは、この論文において、「結婚」という言葉に象徴されるように長きにわたる売り手と買い手の関係維持というテーマを提唱した。これをコトラーの言葉に置き換えれば「ガーデニング」(Gardening)になる。生活環境を美しくするために、切り花や鉢植えの花を買い求め、枯れたり季節が変わったりすれば買い換えるのではなく、自ら花や木を植え、手を加え、より美しく育て上げていこうと努力する。そうすると喜びと癒しはさらに深くなる、というわけだ。
今回、改めて読み直し、「そういうことだったか」と気づかされた点がある。レビットがこの論文を発表したのは1983年、一方、マイケル E. ポーターが『競争の戦略』を発表したのが1980年だった。ポーターが提示した「Competitive Advantage」(競争の優位)とは、ライバルとの比較で優位性を維持していなければ競争には勝ち残れない、というものだ。
1970年代までは市場の拡大を背景に、努力を惜しまなければ成功をつかめた。しかし1970年代の2度のオイルショックを契機にして競争環境は大きく変わり、競争優位性の有無が企業の命運を握るようになった。レビットはその変化をマーケティングという側面から、ライバルとの関係ではなく、顧客との関係性の維持に見出したのである。つまりリレーションシップだ。
80年代以降の競争環境の変化と対応策。ポーターとレビットの2つの論文は、片や戦略論の立場で、片やマーケティング論の立場で、時代の立体的な構造を見事に示してくれていたといえる。
こうした点を頭の隅に置きつつ、本論文を読み進めよう。