無形資産マネジメントのポイント
では資産としてのリレーションシップは、いかにマネジメントされるべきか。レビットは、この点についても見解を披露している。
まず注目しているのが、顧客からの不満である。100%の満足などありえないのだから、むしろ苦情がある状態が正常であり、ないのはむしろ危険な兆候だ。苦情があるからこそ修復できるし、関係をさらに深められる。つまりリレーションシップ深化のプロセスで生まれる苦情などは、自らの事業活動や顧客との関係を見直す絶好の資産ともいえる。
ここでレビットが示すのが、表3である。これはレビットの考え方を理解するというよりは、読者の皆さんが、自らの動きが顧客の期待に応えられているかどうかをチェックする「点検表」として活用されるべきかもしれない。

論文の最後において、レビットはリレーションシップ・マネジメントの実践にあたって以下の4つを鍵として考えるよう勧めている。
<1> 気づき=課題とチャンスの両方を察知し、理解する。
<2> 振り返り=望ましい結果が得られそうか、絶えず自社の現状を振り返る。
<3> 見極め=顧客と好ましい関係を築いているかどうかを、個人やグループごとに定期的に評価し、業績評価指標に組み入れる。
<4> 行動=リレーションシップへの影響を見極めながら判断し、経営資源の割り当てやルーチン、コミュニケーションなどを確立する。気づきや行動が途絶えないように事あるごとに手綱を引き締める。
「恩を受けても、こちらは忘れてしまうかもしれないが、相手はいつまでも覚えているだろう。こちらが貸しをつくれば、相手は恩を感じるだろうが、いずれは忘れてしまう。リレーションシップにおける貸しは、時折積み足さなければならない。さもなければ有効期限が切れてしまう。そして、すぐに使わなければ、価値は失われていく」
日常の暮らしでも、お金は貸したほうは覚えているが、借りたほうは忘れてしまいがちだ。優しくしているほうは覚えているが、優しくされているほうは、いつしかそれが当たり前だと感じるようになる。これらと同じ事なのだ。
そして、次のような言葉で締め括るのである。
「リレーションシップ・マネジメントは独特のマネジメントの分野だといえる。『信用』といった無形資産を守り育てるのは、有形資産の管理と同様にきわめて重要な意味を持ち、おそらくより難しいからこそ、より重要なのである」
大胆にテーマを提示する力
約1年をかけてセオドア・レビットの8つの論文を再読してきた。どの論文も、数十年先の未来を先取りした切れ味と含蓄の深い論文ばかりだった。今回、テキストとして活用した『T・レビット マーケティング論』(ダイヤモンド社)が編まれ、刊行されたのは2007年のことである。本書の前書きで私は、「理論の精緻さではコトラーだが、発想の切れ味ではレビット」と書いた。いま、改めて読み返し、その感慨は変わらない。
振り返れば、1970年代以降、マーケティングの諸命題を次々と提示した者はレビットをおいてほかになく、レビット以後のマーケティング研究者は、その命題を精緻化することに力を注いできたにすぎないとさえ思える。
確かにレビットの各論は、切れ味は鋭くとも精緻さには欠ける。しかし、レビットの評価を揺るがすほどのものではない。むしろ該博な学術知識をバックグランドにした命題のデザイン力は、賞賛という言葉以外の形容を持たないだろう。
学者の繰り言になってしまうが、現代の研究と論文は、統計的なデータと理論を駆使して反論の余地を与えないほどの高い完成度が求められている。そうでなければ、研究者としての評価を得られない。それゆえレビットの各種の論文は忘れられがちなのだろう。それはあたかも、完璧な美しさを追求する「バービー人形的論文」と、眉もない不十分な造形だが人を夢中にしてやまない「キティちゃん的論文」の違いといえるかもしれない。
レビットが活躍した時代と現代では、市場環境は大きく変わっている。ITによって幾何学級の進化がもたらされ、従来は予測だにできなかったビジネス環境も出現することだろう。そうした新たな環境のなかで経営の責を負う者は、レビットのような数段高いレベルでの問題提起とフレームワークの提示を深く胸に刻み、熟慮と実戦に挑まなければなるまい。(完)