人間は道具によって「進歩」という「進化」を遂げてきた

――「自在化」という概念を提唱されていますが、その意味について教えてください。

稲見昌彦(いなみまさひこ)
東京大学大学院 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 教授
1994年、東京工業大学生命理工学部生物工学科卒。1996年、同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学研究科博士課程修了。東京大学助手、マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学・人工知能研究所客員科学者、電気通信大学電気通信学部知能機械工学科教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て、2015年より現職。

 その前に、まず、人間の特質から説明しましょう。普通の生物は、何世代もかけて遺伝子を変化させながら進化していきます。それに対して人間は、道具をつくったり、環境を自ら変えることによって、「進歩」という名の「進化」を遂げてきた生物なのだと思います。「進化」によって、人間は、それまでできなかったさまざまなことを可能にしてきました。

 なかでも著しい進化を遂げたのは、18世紀半ばに始まった産業革命以降です。蒸気機関に始まり、さまざまな人工システム、機械システムが登場しました。機械によってより力が必要な仕事、より精密な仕事ができるようになりましたが、それに応じて、工場をはじめとした仕事場は、自宅から郊外へ、さらに他県、海外へと自分の身体からどんどん遠くに離れていきました。これが20世紀型の産業モデルといわれるものです。

 20世紀型の産業モデルが不都合だったのは、機械が発達すればするほど、使いこなすことが難しくなる点です。言い換えれば、テクノロジーは専門家によって独占されることになります。そこで現在、既存の技術の見直しが行われているわけです。

 その目標は、これまで使うのが難しかったテクノロジーを、あたかもスポーツシューズでも履くように、専門知識などなくても使いこなせるようにすることです。実現すれば、私たち自身が新たな身体感を持つことになるでしょう。技術を身にまとう、人馬一体ならぬ“人機一体”です。それによって、やりたいことが自在にできるようになることが「自在化」です。それは、前述した機械に代替作業をさせる20世紀型の産業モデルの「自動化」と並立する概念です。21世紀は、20世紀型の「自動化」から「自在化」へ移行していく時代だと考えています。

――身体とテクノロジーの融合によって、身体機能を拡張して老若男女、身障者・健常者が一緒に競技することを目指す「超人スポーツ協会」を設立され話題になりましたが、身体機能の拡張とはどのようなものですか。

 「人間拡張工学」と呼んでおり、バーチャルリアリティ、拡張現実感、ウエアラブル技術、ロボット技術、テレイグジスタンス(遠隔臨場感)など、身体にフォーカスするという観点から横断的にさまざまな研究分野にまたがっているのが一つの特徴です。超人スポーツ協会を立ち上げたことで、直接的な身体機能の拡張に注目が集まっていますが、それだけではなく、バーチャルリアリティを使ってどう拡張していくのか、コンピューターのなかの世界にどう入り込んでいくのかといった拡張の在り方まで含めて研究しています。