ケロッグ・ブリアン条約を知らず
憲法第9条を語る愚か

 ケロッグ・ブリアン条約は、1928年、第1次世界大戦後に締結された多国間の不戦条約です。内容は、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する、紛争は平和的手段により解決することを規定しています。第1次世界大戦の恐るべき惨禍を反省して、もう二度とそんなことが起こらないようにしようとの願いが込められていて、理想主義的ではありますが、紛争の手段としての戦争はお互いに放棄しましょうというのは、それなりに辻褄が合っています。要するに、自衛の軍事力は持っていいけれども、攻め込むことはしない、ということをみなで決めたわけです。

 この条約には、当初アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15カ国が署名し、その後、ソビエト連邦など63カ国が署名しました。ところが、この条約を10年もしないうちに破ったのが日本だったのです。1937年の支那事変で、日本はケロッグ・ブリアン条約を破ったというのが世界の認識です。そして第2次世界大戦へと突入していった。平和への願いはたったの11年しかもたなかったわけです。

 しかし、ケロッグ・ブリアン条約が机上の空論だったかというと、そうではありません。この条約は、憲法第9条の大元となって敗戦後の日本で蘇ります。憲法第9条第1項は、ケロッグ・ブリアン条約の第1条と第2条と実質的に同じものです。

 マッカーサーもホイットニーも、もちろん同条約を意識して憲法草案をつくったはずです。そして彼らは、紛争を解決する手段としての戦争を放棄するというケロッグ・ブリアン条約の規定に加えて、日本が一方的に戦争を放棄するという規定も第9条に入れました。

 第1次大戦後の不戦条約が理想主義だったとすれば、第2次世界大戦後の日本にはそれを手本としながらもさらに理想を追求した超理想主義の憲法がつくられたということです。その背景には、当時の国際情勢、国内情勢のさまざまなコンテクストがありました。確かに、戦争を仕掛けられたら国連が守ってくれるという前提でした。しかし、終戦後まもなく、ソ連、中国との対立が明白になり、国連はそんなことはできるような機関として機能できないということがわかるのです

 憲法第9条のことを議論するのであれば、最低でもこういう知識が必要です。

 国会前で「戦争法案反対」「徴兵制反対」とシュプレヒコールを上げている人たちの多くは、おそらく戦争とか徴兵制というものに対して一時代古いイメージを持っておられるのではないでしょうか。「政治のリーダーは『昨日の戦争』を戦おうとする」という言い方があります。

 第1次世界大戦の最大の失敗は、当時の政治家たちが、歩兵と騎兵隊によるナポレオン戦争のイメージしか持っていなかったことだといわれています。時代は戦車や戦闘機による戦闘に移行していたにもかかわらず、です。戦争の形態は、時代とともに大きく変化します。サイバー攻撃やネットワークを駆使した遠隔操作、無人機によるスパイ行為と攻撃、国対国ではなくテロによる攻撃等々、現代の戦争は第2次世界大戦の戦場のイメージとはまったく異質な世界です。かつての徴兵制などという恐ろしくお金と時間のかかるシステムは機能しないし、そもそもそのような時代遅れのシステムに数兆円の追加予算をつぎ込んでつくることもできません。旧来型の戦闘のための歩兵より必要なのはプロのハッカーたちだったりするわけです。。

――ハリウッド映画のようですね。

 映画で描かれたフィクションの世界が現実になりつつあるということです。現実世界の恐ろしいまでの急速な変化を知らない観念論や過去の経験からの思い込みのイメージで戦争を語るのは危険なことです。

 自分が何を知らないかを、みな知らなすぎるのです。そのことに気づいてもらうために、3つの質問をしているんです。2番目のIAEAの深層防護も、3番目の国民医療費の問題についても、自分がきちんと「知っていない」ことを「知らないでいる」には重大すぎる問題です。