女性スター・プレーヤーのポータブル・スキル

 私は2004年、同僚であるハーバード・ビジネススクール准教授のアシシュ・ナンダおよび同校教授のニティン・ノーリアと共同で、スター・プレーヤーの争奪戦とそのリスクについて警鐘を鳴らした[注1]

 当時、1000人以上の花形アナリストたちを対象に調査を実施したところ、転職後のパフォーマンスばかりか、移籍先の企業の株価も急落するという結論を得たからである。遠からず彼ら彼女らは、破格の報酬に釣られて入った会社を去る。要するに、スター・プレーヤーの転職で得をする人はだれもいないというわけだ。

 ところが、それはあまりに単純な見方であった。その後、3年をかけて追跡調査をしたところ、転職後も安定して花形アナリストの地位を維持する一群がいた。そう、スター女性アナリストたちである(囲み「調査の概要」を参照)。

調査の概要

 本稿は、ハーバード・ビジネススクールの同僚2人と実施した大規模調査の結果の一部をまとめたものである。調査では、ウォールストリートの花形アナリストたちを対象に、転職前と転職後のパフォーマンスを比較分析した。調査対象を金融業界の花形アナリストに絞ったのにはいくつかの理由がある。

 第1に、花形アナリストのパフォーマンスと経歴については信頼できるデータがある。ちなみに花形アナリストとは、『インスティテューショナル・インベスター』誌が発表する年間ランキングで、各セクターのトップに輝いた証券アナリストたちである。証券アナリストのパフォーマンスを評価するこのランキングは、ウォールストリートや学界でも引用されており、信憑性が高い。

 第2に、花形アナリストの転職は、環境の変化が少ない。たとえば、転職してもニューヨークを離れることはなく、また担当業界もクライアントも変わらない。そして第3に、彼ら彼女らのパフォーマンスは才能によるものだと信じられている。

 そこで、我々3人は、投資銀行78社、花形アナリスト1052人の転職事例、のべ4200件を9年越しで調査した。さらに、投資銀行24社、証券アナリスト86人とその上司にインタビューした。要した時間は合計167時間に上る。

 その後、3年間かけて、私は調査結果の分析とインタビューを重ね、さらに個人的あるいは企業特有の事情を配慮したうえで、花形アナリストの転職の有無や性別といった条件を揃えたうえで、ランキングの変遷を追跡した。その結果、転職によってパフォーマンスが変化する理由が明らかとなった。

 客観的データに加えて、対象者が率直かつ詳細に語ってくれたインタビューに基づく本稿は、女性アナリストであれ、男性アナリストであれ、どこでも通用する証券アナリストのスキルとパフォーマンスの関係には、複雑な事情が絡んでいることが浮き彫りになっている。

 4年前の調査では、対象者の18%が女性だった。これら189人の女性アナリストの多くは、転職後もパフォーマンスを維持していた。

 投資家たちも、転職したスター女性アナリストについて、「報酬が高すぎる」「パフォーマンスが低下する」といった男性の花形アナリストにありがちなマイナス・イメージを抱かない。また、男性アナリストが転職した先の企業の株価は0.93%も低下していたが、女性アナリストのそれは0.07%と、わずかだが上昇していた。

 両者には、2つの点で大きな違いがあった。第1に、スター男性アナリストは社内やチーム内の人脈づくりに熱心だが、スター女性アナリストは、クライアントをはじめ、社外の交友を広げていた。つまり、男性が社内でのみ通用する人脈やスキルを重視するのに対して、女性は職場を問わず通用する人脈とスキル(ポータブル・スキル)を確立していたのである。

 第2に、スター女性アナリストたちは、転職先を念入りに調査したうえで転職を決断する。女性は、成功を収めた企業を離れる前に、男性以上に注意深く転職先について検討する。女性は、男性よりも職場環境を重視する一方、環境への依存度が低い。さらに言えば、転職の条件として、ポータブル・スキルのさらなる向上を望んでいる。

 両者の違いは性差によるものではない。女性が転職後も優れたパフォーマンスを維持できるのは、男性とは異なる方法で仕事に取り組んでいるからだ。そもそも彼女たちが花形アナリストになれたのも、また転職後もスキルが通用するのも、その賜物である。