大企業ではなぜ新規事業がうまくいかないのか

 今日、巨大企業グループでは、新規事業の立ち上げが課題となっている。リストラとコスト削減を何年も続けてきたが、規模の縮小だけではおよそ足りないことがはっきりしてきた。既存の製品ラインをいじってみる、ライバルを吸収する、発展途上国に進出するといった手を打っても、急成長はなかなか望めない。

 技術の成熟と製品ラインの陳腐化を目の前にすれば、進むべき道ははっきりしている。何か新規事業を創出し、育成し、維持していくしかない。大企業は、ローマ神話に出てくる2つの顔を持つヤヌスのように、異なる方向に同時に目を配らなければならない。一方の顔で既存事業を見守り、もう一つの顔で新規事業を探すのだ。

 とはいえ、新規事業にはリスクがつきまとう。既存企業の場合、数知れぬ障害が立ちふさがる。調査の結果でも、ほとんどが失敗に終わっているという。新規事業には、これまで築き上げてきたシステムやプロセス、企業文化がじゃまになることが多いからである。

 成功を収めるには、既存事業と新規事業両方の特性をミックスし、バランスの妙によってそれぞれの長所を組み合わせなければならない。これらを均衡させられないとすると、新規事業はバランスを失って失速してしまう。

 本稿では、まず既存企業が新規事業を企画する際に起こりがちな経営上の問題と、よく見られるまずい対応について説明する。次に、数々のバランスに配慮した施策、それに続く選択肢、そして失敗した際のリスクなどを解説する。

 最後に、新規事業戦略に欠かせないハイブリッド組織とそのシステムについて述べる。特に、さまざまなバランスをうまく調整した事例として、IBMの「エマージング・ビジネス・オポチュニティ」(EBO:新規事業創出)管理システムを紹介する。

大企業のシステムは既存事業用にできている

 大企業というものは、やはり既存事業を手堅く成功させる仕組みになっている。とにかく既存事業が年商の大半を稼ぎ出すのだから当然である。たとえば、組織内の各種システムはすべて、既存の顧客や技術に対応するようになっている。オペレーション環境も安定しており、部門長たちの目標も安定性、効率性、堅実な成長ということになる。

 かたや新規事業となると、性格がまったく異なり、組織文化も独特である。既存事業の周辺領域で生まれたり、既存事業のすき間に芽生えたりすることもある。財務面でも業務面でも、既存事業とは共通点が少ない。

 新しいビジネスモデルは、初期段階では曖昧模糊としているケースがほとんどで、さまざまな施策を何度も繰り返しながら、新たな用途を見出したり、新規顧客を探したりするなかで、ようやくかたちができてくるものだ。

 新規事業は不確実性が高いため、成功させるには柔軟な組織環境が不可欠である。すなわち、新規事業ならではの特性から、次のような3つの課題に直面する。

 第1に、新規事業には実績というデータが足りない。最先端の製品やあまり普及していない技術を用いる場合はとりわけそうである。この点についてある技術コンサルタントいわく、「市場を見通すのは難しい。何しろ市場そのものが存在しないのですから」。

 業績予測の信頼性も低い。予測と実際が大きくずれることも珍しくなく、某印刷会社では初期の財務予測を「SWAG」と呼んでいたほどだ。すなわち"scientific wild-assed guess"(科学的当てずっぽう)の略である。