多くの企業が研修や人材開発プログラムに力を入れているが、その投資は本当に価値あるものだろうか。あるリサーチでは、調査対象者の3分の2が、研修が仕事の改善につながっていないと答えている。人材開発の効果を高めるには、行動経済学の「ナッジ理論」が有効だという。学習量をむやみに増やすことをやめて、学びの質を高めるために効果的な4つのポイントを示す。
2018年に米国の企業が研修や人材開発に費やした金額は約900億ドル。これは、世界130ヵ国の国内総生産(GDP)を上回る数字だ。
米国の平均的な会社員は、1人当たり1000ドル相当の研修を受けた計算になる。それだけ聞くと、それほどたいしたことではないと思うかもしれないが、5万人以上の社員がいる会社では、年間5000万ドル近くの出費となる。
これは法外な数字だ。しかも、その資金と時間のほとんどが無駄になっていることを考えると、なおさら驚嘆すべき投資と言える。
問題は必ずしも、研修や人材開発プログラムそのものにあるわけではない。問題はむしろ、多くの場合、莫大な投資の結果、社員が何を学び、その行動がどのように変わったのかが測定されてないことである。
約1500人の経営者(業界や地域、企業規模もまちまちだ)を対象にした調査では、社員研修の効果をまったく調べていない組織が5分の1にのぼった。効果を調べていると答えた組織でも、定量化可能な効果を測定している組織は13%にすぎなかった。これでは、社員の3分の2が、研修を受けても自分の仕事は改善していないと感じるのは無理もない。
ほとんどの企業は、職場での学習で重要なのは時間量ではなく、適切な人に、適切な情報を、適切なタイミングで与えることだという点を見落としている。
すなわち、学ぶ量は少ないほうが、よく身につくのだ。
私がグーグルの人事担当上級副社長を10年以上務めたあと、フム(Humu)を共同設立したときの目標は、学習と人材開発を簡単にして、仕事を改善することだった。
フムでは、機械学習技術「ナッジ・エンジン(Nudge Engine)」を駆使して、大規模な学習と行動変化を自動化している。フムの「ナッジ(軽く突っつくこと)」は、伝統的な研修にはできないような形で社員をエンパワメントし、急速に進歩する世界の要求に応えるためのスキルを実験し、練習し、習得できるようにする。
フムのナッジは、研究に裏づけられた、小さくて、さりげない提案あるいはリマインダーであり、メールなどのメッセージングプラットフォームで対象者に届けられる。
具体的にはまず、フム独自のアルゴリズムが、各社員の職務と経験に基づき、どのような行動が仕事に大きなインパクトを与えられるかを見極め、その行動を促す特注メッセージを送る。たとえばマネジャーに、重要な質問をしてくれた部下や、ディスカッションのファシリテーターとして中立に徹してくれた部下に感謝の気持ちを伝えること、というリマインダーを定期的に送る。それはマネジャーの仕事の改善に大きく役立つ。これがフムのナッジだ。
ナッジの科学は新しいものではない。ハーバード大学のキャス・サンスティーン教授とシカゴ大学のリチャード・セイラー教授は、2009年の共著『実践 行動経済学』で、ポジティブな補強とさりげない提案が、行動と意思決定にパワフルな影響を与えられることを明らかにした。
この「ナッジ理論」を職場に応用すると、日常業務を邪魔することなく、社員にポジティブな行動を取らせ、新しいスキルを身につけさせることができる。
高額な学習モジュールに大金を費やすのではなく、ナッジの基礎(そしてフムの学習哲学)を応用すれば、組織はぴったりのタイミングで、そして穏やかで比較的シンプルな方法で、意思を行動に変えることを可能にする。そうすれば、研修に何百万ドル(あるいは何十億ドル)もかけなくても、人材開発研修の効果を高め、チームのポテンシャルをフルに解き放つことができるのだ。
そこで、ナッジ理論を導入する際のヒントをいくつか紹介しておこう。