「アバター」という
新しいマーケティング・ターゲット

 ちょっと時間を割いて、もう一つの世界へと足を踏み込んでみてはどうだろう。そう、怖がらないで──。

 目の前には丘陵地帯が広がっている。そこには、空想上の建物があちらこちらに点在している。家もあればオフィス・ビルもある。街なかには情報キオスクが立ち並び、乗り物は実際に運転することができる。奇抜なインタラクティブ・オブジェクトがクリックされるのを待ちわびている。

 ようこそ、バーチャル・ワールド〈セカンド・ライフ〉へ──。この未知なる世界に一歩足を踏み入れれば、たちまちその魅力のとりこになってしまうことだろう。

 夜が明けると、辺り一帯が明るくなる。そよ風と共に、鳥がさえずる。日中、住宅地を散歩していると、開け放った窓から音楽が流れてくることもある。そこの住民が近寄ってきて、あなたに話しかけようとする。

 キーボードを叩いている彼ら彼女らの手は見えないが、会話はすぐにスクリーンに表示される。見ればわかるが、ここの住民たちの動きは少々ぎこちない。とはいえ、見かけも振る舞いも、アンドロイドのそれとは違う。服装はかなり凝っている。うなずいたり、肩をすくめたり、手招きするといった動作はなかなかにリアルだ。

 このバーチャル・ワールドに存在しているものを見ると、最初は奇妙な感じを受けるかもしれない。住人の多くが挑発的な服装をしているばかりか、動物など人間以外の姿をした者もいるからだ。

 この世界で何より奇怪なことは、「あなたはあなたではない」ということだろう。〈セカンド・ライフ〉では、あなたは「アバター」という新たなアイデンティティを身にまとって生きることになる。アバターとは、オンライン環境で自分自身(あるいは別の自分)を表現するものとして、あなた自身が作成する分身のことだ。

〈セカンド・ライフ〉の住人たちがつくり出すのは、アバターだけではない。この世界──50バーチャル平方マイルに及び、徒歩で横断しようとすれば数日もかかるが、飛行機に乗るか、瞬間的にある場所から別の場所へとテレポート(念力移動)すれば、時間を節約できる──にあるものは、そのほとんどが〈セカンド・ライフ〉の住人たちが作成したものだ。思わず目を留めてしまう美しい建築物、目印になる建造物、インタラクティブ・オブジェクトの数は数千以上に上る。

 なかには、形のないものもある。たとえば、バーチャル・ビジネス、共通の趣味や関心の持ち主たちが集まるソーシャル・グループ、ダンス・パーティに有名人の出版記念サイン会、ボクシングの試合やフリー・マーケットまで、多種多様なイベントが企画されている。〈セカンド・ライフ〉に暮らす約10万人の住人の多くが、このバーチャル・ワールドに何らかのかたちで関わっているのは明らかだ。

 ひるがえって、ここはマーケティングには理想的な場所になる可能性がある。マーケターにすれば、受動的な視聴者をターゲットにするのではなく、何かに積極的に関心を抱いている人たちと接触できるチャンスがそこかしこに転がっている。