組織のこれまでの常識を吹き飛ばし
“未知”に立ち向かう経営に大きくシフトするとき

モニター デロイト ジャパンプラクティス リーダー パートナー 藤井 剛氏

 プレゼンテーションの最後は、モニター デロイト ジャパンプラクティス リーダー パートナー 藤井 剛。イノベーション投資の黄金比は2012年当時は「7:2:1」と言われた。米国で過去20年、持続的に成長している企業が、どういうポートフォリオで投資しているかを調査したところ、中核領域、隣接領域、革新領域のそれぞれに「7:2:1」の比率で投資していることが明らかになった。それが2018年には「5:3:2」に変化し、今後は隣接領域や革新領域への投資比率が増大すると言われている。このことはつまり、「知の探索」にもっと投資をしないと生き残れないことを意味している。

 別の角度から見ると、隣接領域や革新領域は、「“未知”あるいは“不可知”な領域」と言い換えられる。一方の中核領域は「“既知”あるいは知ることが可能な領域」だ。“未知”に立ち向かう経営において対峙すべきはリスクではなく不確実性だ。リスクは計測・管理が可能だが、不確実性は測定不能である。過去、日本企業は「KAIZEN」を世界に流行らせたが、これからは「KETSUDAN(決断)」が重要になる。かつては「賢者」が求められてきたが、これからは「勇者」が求められる。

 “未知”への取り組み割合が増えてくると、組織のこれまでの“常識”も抜本的に変えていく必要がある。モニター デロイトの2人の戦略コンサルタントがまとめた著書『ベストプラクティスを吹き飛ばせ』では、「常識を“爆破”せよ」と唱えている。

 デロイト トーマツ グループの経営自体も大きな変化の時を迎えている。我々コンサルティング部門は過去20年で事業規模を急拡大させてきたが、足元はこれまでの成長モデルに限界も見え始めてきた。まさにこれから“未知”への取り組みを本格化するところで、今後はクライアント企業の改革だけでなく、クライアント企業とともに社会を変えていく存在にシフトしていく。戦略コンサルティングも「賢者」でなく「勇者」が求められている。

DXを阻む社内の抵抗勢力とどう対峙していくか

 パネルセッションの後半は、「革新的な変革を遂げるために必要な経営とは」と題し、パネルディスカッションが行われた。パネリストと聴講者との質疑応答も活発に展開され、会場は熱気に包まれた。

 「前半では、イノベーション経営やDXに向けた前向きな取り組みについて紹介いただいたが、当然ながら社内には抵抗勢力もいるし、苦労もあると予想される。どのようなことが課題になっているか」。最初の質問は入山氏がこう切り出した。

 ヤマハ発動機の新ビジネス推進部には20人の人材がいて、このうち4人はオートバイ事業を経験しているが、そのほかは新入社員か中途採用者だという。「新規事業部門にはなかなか人材リソースを割けないのが現状だ。『ROI(投資利益率)が出ていない』と指摘されるため、どのぐらいのリソースを投じるかについては、最適解を見出せていない」と木下氏は打ち明ける。

 「反対の悩みがある」と語るのはSOMPOホールディングスの楢﨑氏だ。同氏が率いるSOMPO Digital Labは、外部からエンジニアを30名採用し、大きな予算を使って活動しているが、収益を稼ぐことがミッションにはなっていない。

「我々はあくまでも、事業部門をサポートするための兵站。しかし、それだけをやっていると、いまある状態を最適化するだけで終わってしまうというジレンマがある。必要なのは『知の探索』であり、とんでもないところにピンを打つことだ」と楢﨑氏。収益の柱となるような新規事業を開発するために、今後は新たな組織をつくり、必要であれば社外にスピンアウトすることも選択肢の一つであると語った。

 三菱ケミカルホールディングスの岩野氏は、「社内ではデジタルトランスフォーメーションを自分たちで行うという機運と多くの事例が出てきた。しかし、逆にDXの罠に気を付けなければならない」と指摘する。「AIや機械学習の技術を使って、身の周りの課題解決を行うことが、DXを十分にやっていることになってしまうと、長い目で見たときに、はたして本質的な変革につながってくるのか」と懸念を示した。

 イノベーションやデジタル変革に向けた取り組みが、“DXごっこ”や“PoC(概念実証)ごっこ”に終わらないためにも、「既存の組織の常識から見直す必要がある」とモニター デロイトの藤井は強調する。「“DXごっこ”に留まる企業は、問題意識はあっても、本質的な変革にどこからどう取り組むかが明確になっていない場合が多い。依然として社内の人間を育成してDXに取り組もうという感覚の会社が多いのも、そうした理由からだ。『知の探索』を遠くに行って幅広く行うには、岩野さんが『才能のエコシステム』と言ったが、外部にいる異質な才能をいかにゆるやかにリソースとして活用していくかということも重要になる」と話した。