デジタル技術の進展により、企業は個人の行動データなどを取得することが容易になり、マーケティングにおいても積極活用する動きが広がっている。ただ、カスタマーエクスペリエンス(CX)を向上させるレベルにまでは、なかなか到達できていないのが現状ではないだろうか。サービスマーケティング研究の第一人者である青山学院大学経営学部教授の小野譲司氏に、デジタル時代のCXデザインについて聞いた。
1970年代から始まった
顧客中心主義への流れ
――マーケティング研究においてCXはどのように位置付けられていますか。
CXは2010年代に登場した「カスタマーセントリシティ」(顧客中心主義)という大河の流れを汲むコンセプトですが、その源流は1970年代の「消費者不満」に遡ることができます。当時はまだ、欠陥商品や高圧的販売が横行し、消費者問題がクローズアップされていました。そうした中で、「お客様のほうを向いて商売をしなくてはいけない」という消費者志向が再認識されるようになりました。
80年代に入って製品の品質も向上し、市場が成熟化してくると、差別化を象徴する一つのコンセプトとして「CS(顧客満足度)経営」が重視されるようになり、「モーメント・オブ・トゥルース」(真実の瞬間)や(顧客を頂点にした)「逆さまのピラミッド」といった概念が注目を集めました。
続く90年代は「CSとロイヤルティ」の時代です。単に満足させるだけでなく、ロイヤルカスタマーやリピーターといった収益を伴った顧客をいかに育てるか。そのために「感動」(デライト)「Noと言わない」といったキーワードが話題となりました。
2000年代に入ると、顧客中心主義は新たな局面を迎えました。いわゆるCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の時代です。ここで登場したのが「優良客」という言葉です。
さまざまなデータが可視化できるようになったことから、頻繁に購入するロイヤルカスタマーの中で自社に利益をもたらしてくれる優良客は誰なのかが明らかになっていきました。そして、かつては通信販売や金融のデータベースマーケティングで使われていたRFM(直近購入日・購入頻度・購入金額)やLTV(生涯顧客価値)のように、顧客を財務的観点から捉える動きが広がりました。
そして、2010年代は「CXと共創」の時代です。そこにはいくつかの意味合いがあります。一つは経験価値、すなわち、お客様の情緒的な価値が大事だという文脈でCXが語られるようになったこと。もう一つは、マルチチャネル、オムニチャネルによって顧客との接点が増えてきたため、これをシームレスにつながないといけないという意味でCXが注目されるようになりました。
こうした背景の中、優良客の意味も変わってきたことから、私は「優良客2・0」と捉えています。つまり、単に儲かるお客様だけが優良客なのかという問いです。
LTVはそれほど高くないが、頻繁に自社商品のことをSNSに投稿してくれたり、インフルエンサー的に情報を発信したり、間接的ながら企業にメリットをもたらしてくれるお客様もいます。直接的な売り上げに貢献していなくても、間接的に貢献する人たちの経済価値をどう算出するかも含めて、顧客中心主義の軸足の置き方は多様になってきています。顧客のエンゲージメントという考え方は、こうした背景から生まれたのだと思います。