――企業側の取り組みは、時代とともに段階的にステップアップしてきたのでしょうか。
そうとは限りません。企業によってはCXを向上させるだけでなく、いまだに70年代や80年代の課題に同時並行で取り組むところも少なくなく、普遍的な問題とも言えます。インターネットやスマートフォンといったデジタル技術の普及により、従来の課題を新たな視点から性質が変わった問題として捉え直す必要が出てきたからです。
例えば、苦情処理の問題は70年代からありましたが、いまや(新しいモノやサービスを進んで利用する)イノベーターと呼ばれる人たちが、インターネットやSNSを通じてクレームを発信しています。たしかに、それは苦情かもしれませんが、あえて企業にプロアクティブな形でメッセージを送ってくれているという意味で、企業とエンゲージしているともいえます。単なる苦情という捉え方をしないほうがいいというのが現在の見方です。

小野譲司氏
さらには、企業とインタラクティブなコミュニケーションを好む顧客と、そうでない顧客が存在することも含めて、カスタマージャーニーはものすごく多様化しているといえます。
顧客中心主義のコンセプトは非常に多岐にわたるのですが、どこに軸足を置いてCXをデザインしていくかを検討する際には、企業側には選択の問題が出てきます。ある顧客にとって最適なCXは、他の顧客にとっては必ずしも最適ではないこともあります。もちろん、いずれの顧客も無視するわけではありませんが、万人受けするCXはありませんし、自社が目指すCXの形とは異なる部分が少なからず出てくるということです。万人を対象とせざるを得ない大手企業の難しさはそこにあります。
その点で、中堅・中小企業であれば顧客ターゲットを絞ったうえで、エッジの立ったCXの設計やサービスデザインができますから、軸足を選択しやすいと思います。
一方で、顧客は常に最高のエクスペリエンスを求めているわけではない、ということを企業がどう理解するかが大事だという指摘もあります。同じ顧客であっても、求める体験は時と場合によって変化します。つまり、そのときどきに応じて、最適なエクスペリエンスが提供されればいいというところに評価軸がシフトしているのです。
その最適なエクスペリエンスとは何かを探るためには、顧客の行動データだけではなく、現場で見ている人たちの観察データやVOC(顧客の声)など、企業の内部・外部にあるデータを組織の壁を超えて分析できる、データのエコシステムが必要になります。
CXを全体最適化するには
Cクラスの存在が不可欠
――大手企業が軸足の置き方を明確に選択して、CX設計やサービスデザインをするのは難しいのでしょうか。
一つの方法として、事業やブランドを分けて、マルチブランドで展開することで、軸足を明確にするやり方があります。例えば、ANAホールディングスはLCC(格安航空会社)のピーチ・アビエーションを持っていますが、世界の航空会社も同様のやり方をしています。世界的なホテルチェーンの多くもマルチブランド展開しており、顧客の所得層や嗜好、あるいはサービスの内容などで棲み分けをして、全体のブランドポートフォリオを管理しています。
――顧客との接点が多様化する中で、事業部ごとや部署ごとにCXの部分最適を図るのではなく、企業トータルでCXの全体最適化を図る必要がありそうですが、組織がサイロ化した大企業においては簡単なことではありません。
最近では企業の人たちとCXに関して話をする際、関心の重心が組織変革に移りつつあると感じます。カスタマージャーニーマップを描いていくと、当然のことながらCXには自社のさまざまな部門が関係していることがわかります。そうすると、誰が全体を統合的にマネジメントするのかという問題が出てきます。
さらに、顧客体験は自社の商品・サービスだけでは完結しません。例えば、ネット通販であれば、ラストワンマイルで商品を顧客に届ける宅配業者が顧客体験に大きな影響を及ぼします。
日本の企業にはCXを統括するチーフ・エクスペリエンス・オフィサー(CXO)といったCクラスのポジションがないので、マーケティング部門が中心に全社的なCX改善を進めようとすると営業部門は他人事だと考えてしまうといった、組織的なサイロ化の問題が表面化しやすいといえるかもしれません。
いずれにしても、CXを統合的にマネジメントするとなると、やはりCクラスの存在が不可欠です。