政治リスクを見落とすな

 アルゼンチン、スーダン、ウクライナ、そしてレバノンなど、さまざまな国の紛争が入れ替わり立ち替わり、政治経済誌の表紙に登場する。企業はそのようななか、トルコの新たに自由化された業種、リビアにおける石油採掘権の入札、旧ソ連圏のウクライナに誕生した親西政権など、次々に生まれてくるビジネスチャンスに目を配りつつも、その先行きの不透明さに及び腰になっている。

 海外展開を検討している企業は、リスクとチャンスを見比べるために、きまって経済リスクに詳しい専門機関の門を叩く。しかし、政治的な側面をあまり重視することなく、もっぱら経済データに基づいて投資を判断するのは、成分表を見ずにカロリーだけで栄養価を判断するようなものだ。

 1人当たりGDP(国内総生産)、GDP成長率、インフレ率といった、マクロ経済指標に一安心してしまうと、えてしてその他のリスクの芽を見失ってしまう。

 たとえば2004年、イラン議会は同国の電気通信市場への外資参入を制限する法案を通過させた。2003年のグルジア革命は、カスピ海の資源開発投資における見通しと戦略を狂わせた。2003年10月、クレムリンの政治的意図を帯びた辣腕実業家、石油大手ユコス社長のミハイル・ホドロコフスキーが脱税容疑で逮捕されたが、この一件はロシア石油市場を戦慄させた。そしてブラジル政府は、省庁をはじめ国民にもオープン・ソースのソフトウエアを押しつけようとしており、マイクロソフトはもとより、他のIT企業にすればゆゆしき事態となりかねない。

 これらは、いわゆる「政治リスク」と呼ばれるものであり、大まかに定義すれば「その国の政策が経済に及ぼす衝撃」といえるだろう。政治リスクに影響するのは、立法府、指導者の気まぐれ、民衆の蜂起など、要するに一国の政治的安定性に関わる事柄すべてといえる。

 もちろん、いかなるリスクにおいても、その軽重は投資判断の文脈いかんによる。たとえばヘッジ・ファンドのマネジャーならば、明日の市況を揺るがす事柄を気にするだろう。一方、化学プラントを海外に建設中の企業ならば、長期的な要因に配慮する。

 たいていの戦略家が、とかく新興市場を警戒するのも無理はない。実際、新興市場とは「政治が経済と少なくとも同じくらい問題視される国」と定義してもよいだろう。

 一方、もっぱら先進国で事業展開している企業でさえ、政治リスクを事業計画に織り込んでおくべきである。大半の企業はすでに、荒波がうねるグローバリゼーションの海路に漕ぎ出しており、しっかと眼を見開いて舵を取っていることだろう。とはいえ、これらグローバル企業の経営者は、きわめて複雑な課題に求められる高度な理解力に欠けているようだ。