ローカル戦略こそ
最も「戦略的」である

「戦略的」という言葉ほど、産業界で濫用されている言葉はない。「これは重要である」といった程度の意味なのだが、とにかくやたらと用いられる。

 しかしながら、ごく限られた条件の下でしか、戦略はその効力を発揮しない。これが現実である。したがって、そのような条件を整える努力が欠かせない。というのも、他社の上を行くには、戦略を実践するか、経営を効率化するかしかないが、後者は期待したほどの効果が得られないことが多く、仮に優位性を獲得しても、そう長くは維持できない。

 戦略の真の目標は、市場を支配すること、つまり他の経済主体、特にライバルの動向をつかみ、予測することが重要だ。ただしその際、ある程度ライバルの数が絞り込まれていることが前提となる。

 たとえば、顧客やサプライヤーと密接な関係が結ばれているなど、何らかの競争優位を持ち合わせていれば、戦うべきライバルの数が減る。なぜなら、競争優位のない企業は、破れかぶれでもない限り、そのような企業との真っ向勝負を避けるからである。言い換えれば、競争優位とは一種の参入障壁にほかならない。

 参入障壁がない、すなわち競争優位がない、あるいはこれを築くのが難しい市場では、戦略の実践は諦めて、ひたすら経営の効率化に取り組むしかない。ところが、何一つ競争優位を持ち合わせていないにもかかわらず、経営の効率化を軽んじ、戦略に夢中になり、いたずらに経営資源を費やしている例が後を絶たない。たとえば、自社事業と関連しそうな企業を買収したり、より大きな市場に参入したりする。

 参入障壁のない市場では、企業競争が熾烈である。どこかの企業が頭抜けて高いROIを実現し、わずかな期間でも成功を収めれば、すぐに新規参入者が殺到し、利益の奪い合いが始まる。競争はさらに激化し、遅かれ早かれ、ROIは資本コストの水準にまで落ち込む。このような展開では、せっかくの戦略も機能不全に陥ってしまう。何しろ市場参加者の数が多すぎるうえに、顔ぶれもころころ変わるからだ(囲み「経営の効率化は競争優位につながらない」を参照)。

経営の効率化は競走優位につながらない

 同じ業界の企業でも、経営効率は異なる。その格差は何年も縮まらないかもしれない。しかし、経営の効率化は競争優位に貢献しない。なぜなら、効率化は模倣可能であり、実際に模倣されるからだ。また競争優位は、事業環境、とりわけライバルの動向に大きく左右されるもので、自社の事業慣行だけで確立できるものではない。

 たとえば、バーコード・リーダーについて考えてみよう。小売業界で最初にこの装置を導入した企業は大きな優位性を獲得した。バーコード・リーダーを使えば、毎日、そして最終的にはいつでも売上げの内容を確認できるからだ。おかげで在庫と仕入れの管理が大きく改善された。

 しかし、彼らは小売業であり、この装置の特許を取得しているわけではない。バーコード・リーダーを開発・生産したのは第三者で、開発者は当然、すべての小売企業がこの装置を導入することを望んだ。

 そのため、他社に先駆けて導入して優位性(先行者利得)を獲得しても、これを維持することはできなかった。このことは、ITでも、ビジネスモデルでも、財務管理でも、ほぼすべてに通じることである。

 いかに素晴らしい画期的手法でも、やがてはライバルに模倣される。一企業にできて、ほかの企業にできないことはないのだ。ITの有効活用、人事政策、財務戦略といった活動はすべて、経営の効率化にほかならない。とはいえ、戦略が用をなさない状況にある企業にすれば、経営の効率化は唯一の戦法でもある。

 参入障壁が磐石であっても、必ずしも平穏な日々が保証されるわけでもない。力が拮抗した市場参加者が市場シェアを拡大せんと、価格を引き下げたり、サービスを向上させたりと、高コストの手段に訴えてくることもある。ただしその結果は、営業利益率が下がるだけだ。目先の利く企業ならば、他社と共存できるだけの市場規模があることに気づき、あえて張り合うのはやめようと思い直すかもしれない。これはまったく賢明な考えであり、このようにだれの得にもならない競争を避ける判断は戦略的と呼んでよい。

 市場参加者が増え、競争が激化し、収益性が悪化する。意外に思うかもしれないが、これは何もコモディティ市場に限ったことではない。すでに参入している、または参入してくるだろう企業すべてを比べて、どの企業にも顧客リレーションシップ、技術や経営資源の利用といった面で優位性がなければ、まだコモディティ化していない市場でも同じことが起こる。

 アメリカの高級車市場がその好例である。〈キャデラック〉と〈リンカーン〉が市場を二分していた頃、どちらの車もプレミアム価格で売られ、高いROIを実現していた。ところが、その高いROIが多くの企業を市場に引き寄せた。まずヨーロッパ車の〈ジャガー〉〈メルセデス・ベンツ〉〈BMW〉が、そして次に日本車の〈アキュラ〉〈レクサス〉〈インフィニティ〉が販売されるようになった。