時代に合わせて顧客に提供する価値を「リ・インベンション(再発明/再創造)」するためには、顧客から学び続ける仕組みをビジネスに埋め込むことが重要だ。そして、そのためのキーテクノロジーがAIだ。すでに米国では先進企業を中心に「AI at scale」として、個別の業務だけでなく全社的なAIの活用が進みつつある。世界トップクラスのデータサイエンティストが結集し設立されたDataRobotのCEO、ジェレミー・アシン氏に、企業がAIプロジェクトを実践する際のポイントを聞いた。
AIの部分活用からエンタープライズ活用へ
── まず、AIがビジネスにおいてどのように活用されているか、概要をお聞かせください。
ビジネスにおけるAIプロジェクトは大きく分けると2種類あります。社内業務への適用と、製品やサービスづくりへの適用です。前者はAIを活用して意思決定のサポート、プロセスの自動化などを通じてオペレーションの効率化を図るもので「インテリジェントオペレーション」と呼ばれます。後者は、AIを活用して製品やソフトウェアをカスタマイズし、カスタマーエクスペリエンスの向上を図るもので、「インテリジェントな製品やサービスの創造」といえるものです。
ここでいう「インテリジェント」とは、いうまでもなくAIの「I」を指しますが、私は本来の「知能」「知恵」という意味を込めて使っています。AIを活用する意義は、人と機械の知恵を組み合わせてビジネスを向上できる点にこそあると考えているからです。
── AIには部分適用とエンタープライズ適用があるということですね。
はい。そしてエンタープライズ適用の際には、「ユーザーエクスペリエンス」でなく「カスタマーエクスペリエンス」にフォーカスすべきです。企業は、現に自社製品を使っている「ユーザー」だけでなく、より広い世界を見なければいけません。というのも、消費者は特定の製品やサービスのユーザーになる前に、それを詳しく調べたり、検討したりして、そのプロセスでさまざまなインタラクションが発生します。製品やサービスを使わなくなる時も同様です。このような「ユーザー」前後の体験も包括して「カスタマーエクスペリエンス」と捉えるのが成功する企業の考え方ですし、そのためにAIを活用してこそ「インテリジェントな企業」と呼べると思います。
── DataRobotで手がけたAI導入の事例にはどのようなものがありますか。
たとえばDataRobotの製品に「Automated Time Series」という、時系列予測を得意とするシステムがあります。ある食品スーパーでは、このシステムを需要予測に活用し、商品の出荷や配送のオペレーションを大幅に改善しました。店舗数3000、商品点数6万点という大規模チェーンにも関わらず、かつては日々の配送ルートの設定をマニュアルでやっていたのです。これは社内オペレーションを効率化した例ですが、商品が需要に合わせて滞りなく店舗に届くようになったことで、結果としてカスタマーエクスペリエンスも向上しています。
医療機関でも、患者数に合わせたスタッフの最適な配置にこのシステムが活用されています。現場のスタッフは当初AIに懐疑的でしたが、導入してすぐに「来週は患者数が増えるのでスタッフも増員すべき」というレコメンドがぴたりと当たったことで一気に信頼感が高まりました。いまではコスト削減にも、カスタマーエクスペリエンスの向上にも役立っているということでとても喜ばれています。
── 仕組みを回せば回すほどデータの取得が促進され、精度が高まっていきますね。
はい。ただし、どんなAIシステムでも、モデルを作ればおしまい、というものではありません。ときにはAIが予測を誤ることも折り込みながら調整を続けなければビジネスで価値を生み出し続けることはできません。

そして、機械学習には目的変数を1つしか設定できないという弱点があります。カスタマーエクスペリエンスを向上させる要素は無数にあるので、本来は機械学習モデルを複数組み合わせて、さまざまな変数を見ていくのが理想ですが、それぞれビジネスロジックもジョブも管理の中身も違うため、成熟したシステムに育て上げようとすれば、人間のデータサイエンティストが細かく調整し、赤ちゃんを育てるように根気よく面倒をみなくてはならないため、成功事例はまだまだ少ないのが現状です。まずはシンプルなユースケース(システムがどのように機能し、目的を達成するかを定義するもの)の成功事例を作ることが多くの企業にとっての現実的な目標でしょう。AIプロジェクトの8割は失敗するともいわれており、どんなにシンプルなユースケースでも成功させるのは簡単ではないのです。