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人事施策に基づく行員の行動
企業は平均して、売上げの3分の1強を従業員に投資している。ただし、その効果を正しく測定できる企業は少ない。採用、インセンティブ、研修などの人事施策は、はたしてしかるべきリターンを生み出しているのだろうか。
金融資産や工場などへの設備投資は、厳密な計数管理の下で判断されるが、人材投資の判断は、定性的な情報や直感、いわゆるベスト・プラクティスに基づいており、何とも根拠に乏しい。とはいえ、知識経済で長期的な競争優位をもたらすのは人的資本にほかならない。だが皮肉なことに、技術同様、人的資本の獲得も簡単に模倣できる。
人的資本はけっしてコストではなく資産である。これを理解している経営者であれば、人材戦略を資産管理と位置づけるはずである。つまり、資産管理と同じく、正確な定量的指標に基づき、投資家の目標や事業環境にふさわしい人材戦略を入念に立案するに違いない。
近年、あいまいだった人的資本の評価指標が確立されつつある。マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングでは、経済学や組織行動学、ITシステムの発達を利用して、人事施策が従業員と事業に及ぼす影響を数値化し、人事施策の効果を検証し、改革するための分析手法を開発した。
この分析手法をすでに採用している企業がある。たとえば、ホテル・チェーンのマリオット・インターナショナル[注1]は、従業員のキャリアや過去の成績、顧客満足度などにまつわる関係性を統計的に検証した。
特筆すべきは、一部の福利厚生制度が従業員の離職率を著しく低下させ、一部の事業ではその収益性を大きく貢献していたことを突き止めたことである。マリオットは、基本給や能力給、福利厚生が異なると、従業員たちの行動にどのような影響が生じるのかを推定し、各ホテルの収益性の変化を把握したのだ。そして、報酬制度を変更する方針を策定した。
トヨタ自動車の場合、同様の分析手法を生産現場に導入し、これに毎年実施する従業員アンケートのデータをかけ合わせた。すると、業績管理、キャリア開発、研修、異動など、一連の人事施策について、ある現象が浮かび上がった。従業員のキャリア・アップを期待して研修を実施していたが、彼らはそのように認識してはいなかったのである。
研修の受講者や異動の多い従業員は、そうではない従業員より確実に昇進していることをデータは示していた。どうやら問題は、人事施策そのものではなく、社員の受け止め方にあることがわかった。以来、人事施策の効果を啓蒙することで、この問題の解決を図っていった。おかげで、制度改革にまつわるコストなど、いっさい必要なかった。