ヘルスケアからウェルビーイングへ

波江野 今回のコロナ禍であらためて思ったのは、一人ひとりにとってのウェルビーイングとは何かということです。病気にかからないことは大事ですが、たとえ健康であっても会いたい人に会えないような状況では、人々のウェルビーイングの度合いが低下します。

 そういう意味で、人々にとってのヘルスケアの定義も変わりつつあると思います。病気になった人を治療するとか、病気を予防することだけがヘルスケアではなく、もっと一人ひとりの考え方や状況を踏まえたホリスティック(全体論的)なアプローチがいまのヘルスケアには求められているのではないでしょうか。

福吉 本当にそうですね。健康だからといってウェルビーイングが高いわけではないし、逆に病気だからといって全員が低いわけではない。キャンサーグロースという言葉がありますが、いまはがんになっても治る人が増えています。がんになったことで人生を見つめ直し、治った後は人生への満足度が上がる人が少なくない。それをキャンサーグロースと言っています。

 人々のウェルビーイングを高めることがヘルスケアであるとするなら、我々自身もビジネスをアップデートしていかなくちゃいけないと思っています。いままでは健診を受けて、病気を早期発見、治療できればそれが人の幸せにつながるはずだと思ってこのビジネスをやってきたわけですけれども、それだけではウェルビーイングが高まらない人も大勢いるはずです。

 そこで一つのカギになるのは、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)だと思います。個人が記録した血圧や心拍数などの生体データや健康診断の結果、活動データなどをスマートフォンアプリなどで一元的に管理する仕組みがPHRですが、いまはどうやってデータを集めるか、安全に流通させるかといった点ばかりが議論の的になっていて、PHRに基づいていかにウェルビーイングに資するサービスを提供できるかという議論がおろそかになっている。それではだめだと思います。

 とにかくデータさえ集めれば何かできるはずだという発想ではなく、PHRによってどんなサービスが提供できるのか、それによって人々のウェルビーイングをどう高めるのか、そういう仮説に基づいて新しいヘルスケアサービスを設計していくことが、世の中を大きく変えることになる。そこが、我々の次のチャレンジだと思っています。

波江野 おっしゃるようにPHRはある種のツールにすぎないので、データを集めることを目的化してしまうと人々のウェルビーイングを高めるというゴールには到達できません。PHRによって一人ひとりの日常生活をより深く理解し、そこからその人にとって最もいい環境をどう設計していくか、ウェルビーイングが高まるような行動変容にどう導いていくかが、非常に重要だと思います。