地球のデジタルツインをつくり
気候変動をシミュレーションする

 データとAI、シミュレーションを活用することで、現在の社会課題の解決に取り組むことも非常に重要なテーマだと思います。

 たとえば、気候変動問題に対しては3つのアプローチが考えられます。一つは「予測」です。気候がどう変化するのかを予測する場合、1週間先、1カ月先の予報は現在のやり方でもいいのかもしれませんが、数年先、数十年先の長期予測は、AIとシミュレーションを組み合わせないと難しいと思います。より効率的かつ効果的な予測ができれば、それに備えることもできます。

森 正弥デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員 Deloitte AI Institute 所長

外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。eコマースや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国のR&Dを指揮していた経験からDX(デジタル・トランスフォーメーション)立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。東北大学特任教授。日本ディープラーニング協会顧問、企業情報化協会常任幹事。著書に『クラウド大全』(共著:日経BP社)、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)など。

 2つ目は「最適化」です。温室効果ガスの排出やエネルギー消費を抑えるために、都市活動やエネルギー供給、交通システムなどを最適化するうえで、シミュレーションが不可欠です。

 そして3つ目が、「創造」です。環境負荷を極限まで減らせる新しい材料や製品、あるいは技術をつくることです。たとえば、鉄鋼の製造プロセスでは多くのエネルギーを消費し、CO2も大量に排出しているので、生産効率が飛躍的に上がるとか、脱炭素製鉄を可能にする物質ができたりすると、環境負荷が大きく改善されます。マテリアルズ・インフォマティックス(情報科学の手法を応用した材料開発)などの分野で、シミュレーション技術をもっと活用していくことが、気候変動という文脈からも必要だと思います。

大崎 地球環境は当社にとって大きなテーマの一つです。気候変動については、Omniverseで地球のデジタルツインをつくって、過去の気象データを読み込み、今後数十年の変化を予測しようとしています。大気、水、氷、人間を含む生物の活動など膨大なパラメーターを処理し、世界各地の気候をシミュレーションするプロジェクトです。

 あるいは、米国やオーストラリアなどで毎年のように大規模な山火事が発生していますが、火事の広がりをシミュレーションして、災害を最小限に留めるソリューションにも活用されています。

 人工衛星から撮影した画像をAIで分析することで、氷山の動きを予測して船舶の安全を確保したり、海の汚染リスクを解析したりすることもできます。

 また、カーボンニュートラルについては、CO2を発生源から削減するアプローチと、排出されたCO2を分離・回収して地下に貯留したり、再利用したりするアプローチがありますが、そういった分野でも当社のシミュレーション技術が活用されています。

 かつて国際的なシンクタンク、ローマ・クラブは世界の経済成長が100年以内に限界に達すると警告しました。その報告書『成長の限界』が発表されたのが1972年のことで、今年でちょうど50年の折り返し地点を迎えました。

 『成長の限界』は、研究者たちが人口や食料生産、環境汚染などをパラメーターとして、コンピュータでシミュレーションした結果をもとにまとめられた報告書ですが、現在のコンピューティングパワーやシミュレーション技術を使えば、もっと精緻な予測ができますし、次の50年に向けた解決策も見えてくるはずです。

AIが人間の道徳心、倫理観を問い質す

 デロイトとエヌビディアは2021年、グローバルでの業務提携を発表しました。すでにライフサイエンス、ヘルスケア、自動運転などの領域で共創が始まっています。今回の提携に期待するところはありますか。

大崎 我々はテクノロジーの会社であり、デロイトはビジネスモデルを含めた変革のストーリーを描くのが得意ですから、両者が協業することで最強のコンビになるのではないかと期待しています。

 たとえば、メタバースのクオリティやパフォーマンスが圧倒的に進化したことで、製品や素材開発の生産性が飛躍的に向上し、まったく異なる次元に行けるはずです。それによってパラダイムをどう動かせるかといった戦略的なストーリーを経営トップは持つべきです。

 エヌビディアのテクノロジーやソリューションを共有しながら、幅広いインダストリーに対して将来ビジョンを示し、変革のストーリーをクライアントとともにつくっていきたいと考えています。

大崎 AIの世界でいま面白いことが起こっていて、AIが人にさまざまな気づきを与えるようになっているのです。

 たとえば、AIはパラメーターを設定し、データを読み込めば判断することはできます。しかし、AIは機械なので、人間が正解を教えないといけません。そのため、AIが「人間はこういう時にどう判断するのか」「何が正しいのか」と問いかけてくることが増えており、それはすなわち、人間の心の奥底にある道徳心や倫理観を問い質していることでもあるわけです。人間がどうあるべきなのかという本質的な議論を、AIが促しているともいえそうです。

 人間がつくった技術が、人間に真理を問う。非連続的な技術進化が生じた時、たとえば産業革命の時代にもそうしたことはあったのかもしれませんが、AIによる問いかけはよりインパクトが大きい。人類の真理に向き合う姿勢を持ちながら、新たな技術でよりよい未来を築いていくのが、私たちの使命なのだと思います。