DXの必要性が叫ばれるようになって久しい今こそ、変革の本質論に立ち戻ろう──。日本を代表するSIer(システムインテグレーター)として、数々の企業のデジタル変革プロジェクトに関わってきたNTTデータ代表取締役副社長執行役員の山口重樹氏はそう語る。大企業が取るべきデジタル戦略に、マサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・センゲ氏が1990年代に提唱した「学習する組織」の概念を重ね合わせたユニークな切り口のデジタル変革の実践論『デジタル変革と学習する組織』に込めた思いを聞いた。(聞き手・構成:フリーライター 小林直美)
実務者が提言するデジタル変革の実践論
──「日本の大企業におけるデジタル変革」をテーマに、これまで3冊の本を書かれていますが、これらはどのようにつながっているのでしょうか
1冊目の『デジタルエコノミーと経営の未来』(2019)では、デジタルが経済にもたらすインパクトを考察しました。続く『信頼とデジタル』(20)は、具体的な戦略論です。そして、今回の『デジタル変革と学習する組織』(21)では、変革を成功させるための組織づくりやマネジメント手法に踏み込みました。なぜやるか(WHY)に始まり、何をやるか(WHAT)、どうやるか(HOW)へ。段階的にテーマを深めてきたつもりです。
──ご自身が、SIerとして企業のデジタル変革を支援してきたのと同時に、経営者として自社のデジタル変革を推進してきた経験をお持ちです
まさに、そうした「実務者としての実感」が強い執筆動機です。「DX」を冠した本は世にあふれています。しかし、デジタル変革は経営変革そのものであり、他社の成功事例をまねるだけでうまくいくものではありません。「デジタル」が作り出す新たな経済原理を理解し、自社の器にそれを埋め込まなくてはならないからです。自分自身の経験に基づき考えたことを、経済学や経営学の理論を参考にしながら、経営者が「自分ごと」として考えられるフレームワークを提供したい、という思いで書きました。
例えば、『デジタルエコノミーと経営の未来』では、デジタルの進展は社会をどう変えるかを、「デジタルエコノミーの3つのドライバー」という概念で整理しています。
1つ目の「デジタルがあらゆるところに市場を創り出す」は、デジタルが取引コストを低下させることにより実現しているものですが、今まで取引できる「財」でなかった「資産の一時的利用」などが、デジタルで「財」として定義され、市場取引されることによりシェアードエコノミーを実現していました。昨今は仮想空間での新たな「デジタル財」NFT(Non-Fungible Token)が取引され始めています。
2つ目の「デジタルが不確実性をビジネスチャンスに変える」では、不確実性を削減しビジネス効率を上げるために、データを活用して「予測精度を向上」させるだけでなくレコメンドなどを行い顧客の行動を誘導させ「予測に現実を合わせる」動きも出てきています。
3つ目の「デジタルが新たなサービス・製品の原材料になる」については、自動車をはじめ多くのものにデジタルが組み込まれインテリジエント化、パーソナライズ化された機能を実現するだけでなく、デジタル空間にリアルの製品(ツイン)を再現するデジタルツインを活用した全く新しい「ものづくり」も進み始めています。
これらのドライバーは、ますます加速していると思います。
『信頼とデジタル』では、デジタル時代に大企業が取るべき戦略として「顧客価値リ・インベンション(再創造)戦略」を提案しました。この戦略の肝は「顧客の潜在的な課題を発見・発掘し、デジタルによってその解決を支援し継続的に価値を向上させる」ことにあります。「顧客の課題解決」を目指すのはビジネスとして当然ですが、大切なのはデジタルを活用して解決できる「潜在的な課題」を発見する洞察力をいかに得るか、なのです。