変化の時代だからこそ「本質」に立ち返る
──本書には、1990年に出版されて世界的なベストセラーになった『学習する組織』の著者であるピーター・M・センゲ氏との対話が収められています
今回、センゲ氏と対話の機会が持てたことは本当に素晴らしい体験でした。というのも、デジタル変革の本質を考えるに当たって、大きな示唆を与えてくれたのが、他ならぬセンゲ氏の『学習する組織』なのです。
アジャイルビジネス組織では、現場経験だけではなくデータに基づく打ち手・改善を行ったり、顧客価値提供のスピードを高めるために試行錯誤を許す、といった既存事業とは異なる組織・マネジメントの特性があります。そのような特性の異なる新旧組織の良さを生かしつつ、全社的にも整合性のあるハイブリッドなマネジメントをどのように実現していくかが重要です。アジャイルビジネス組織と既存組織のメンバーが「同じ船」に乗り、1つの企業として一貫性のある価値を顧客に提供していく必要があります。そこで両者をつなぐ大きな役割を果たすのがビジョンでありパーパスです。「自社が実現したい未来―自社が顧客や社会に提供したい価値」を言語化したビジョンを明確にし、組織全体で共有して社員一人一人に「自分ごと」として腹落ちしてもらうことが変革の局面では非常に重要になるのです。また、継続的に顧客価値を高めていくためには、先ほどお話ししたHYPERサイクルによって、組織に「考える習慣」を根付かせることが不可欠です。何のためにその施策を実施するのか、施策成功の鍵は何かを問い、対話し、組織として論理的に考える癖を付けていくのです。このように考えた結果、明確化したビジョンに向かって考える習慣を根付かせていく営みは、まさに「学習する組織」そのものでした。
約30年前に読んだときにも感銘を受けましたが、今改めて読み返しても、まったく古びていません。それどころか、センゲ氏が「学習する組織」を構築する要素として掲げる「5つのディシプリン」は、デジタル技術が進展した今こそ、高度に実践できるのです。
──実際の対話で印象に残った言葉はありますか
「速く動くためには、スローダウンして考える必要がある」と強調されていたことですね。デジタル技術がもたらす膨大なデータから意味を読み取るには、高度なセンスメイキングのスキルが必要です。そして、そのためには、じっくり内省したり、対話したりという時間が不可欠だと。これは、「変化に柔軟に対応するためには、原理・原則に立ち戻るべき」という私の考えと呼応しています。
この対話では「デジタル時代に、いかに学習する組織を構築するか」を主に聞きましたが、この他にもかなり意見が一致し、とても話が弾みました。センゲ氏が、私が考えた「デジタルが学習する組織を高度化・加速する」という意見に大変興味を持ってくださり、「より深く議論するために、改めて機会をつくりましょう」と言ってくださったことも、とてもうれしく思っています。