“脱自前主義”で、新たな組織能力を獲得する
高村 メガトレンドの話を伺って思い出したのは、世界の電力市場の劇的な変化です。2010年代の半ばまでの50年ほどの間、世界の電源構成のうち再生可能エネルギーは約2割の水準で推移してきました。それが2010年を越えたあたりから急速に再エネ(太陽光、風力)へのシフトが進みます。
その背景にあるのは、技術の革新と政策による普及がもたらした再エネの発電コストの低下です。再エネの発電コストが火力発電と競争できる水準にまで低下した。そのことが世界の電力市場の変革を引き起こしています。50年間変わらなかったものが、わずか5年ほどで大きく変化したのです。ここ数年の自動車・モビリティの電動化の進展も同様です。
私たちは、脱炭素社会に向かうかつてなく大きな技術や市場の変化の中にいます。こうした変化にプロアクティブ(先見的)に対応するには、変化を見据え、目指す長期目標からバックキャストしてギャップを把握し、そのギャップを埋めることが必要となります。ただ、ギャップを埋めるのはそう簡単ではない。大きなハードルではありませんか。
松江 そのハードルを乗り越えるためのキーワードは、“脱自前”です。自分たちだけでやろうとするのではなく、他者と組む発想を持つことです。経営資源が足りないスタートアップ企業などでは当たり前ですが、自分たちだけでやれないことは、他者と組むことで組織能力を補えばいいのです。そのほうが、実現可能性が高まりますし、スピードも速くなります。

デロイト トーマツ グループ CSO(戦略担当執行役)
経営戦略・組織改革/M&A、経済政策が専門。フジテレビ『Live News α』コメンテーター、中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、経済同友会幹事、国際戦略経営研究学会理事。主な著書に『日経MOOK「グリーン・トランスフォーメーション戦略』(日本経済新聞出版、2021年、監修)、『両極化時代のデジタル経営——ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社、2020年)、『自己変革の経営戦略~成長を持続させる3つの連鎖』(ダイヤモンド社、2015年)など多数。デロイト トーマツ グループに集う多様なプロフェッショナルのインサイトやソリューションを創出・発信するデロイト トーマツ インスティテュート(DTI)の代表も務める。
高村 2040年カーボンゼロ、2050年カーボンネガティブをめざす花王も、脱自前の取り組みを進めています。自社の工場に太陽光設備を設置して自家消費するだけでなく、再エネの一部をコーポレートPPA(電力購入契約)で調達し始めています。プラスチック対策として同業他社と連携して回収やリサイクルも進めています。特にサプライチェーンの排出を減らす気候変動対策には、脱自前が不可欠です。
松江 スコープ3*を含む脱炭素化は、まさにその典型です。他社との最適な組み方を考える大きなきっかけになると思います。
高村 日本企業は同業同士の付き合いが多いですから、他社との連携は得意なのではありませんか。
松江 方向が一致すると結束は固いと思いますが、方向性を出すのに時間がかかるのが課題です。
高村 消費者や社会のニーズが、その方向性を示すものになるのではないでしょうか。今年(2022年)の正月にたまたまテレビを見ていて気づいたのは、サステナビリティやカーボンニュートラルへの対応をアピールする企業CMがいくつも放映されていたことです。消費者の意識を敏感に察知してか、企業のアピールポイントも変わったと感じました。
電通が2021年に発表した調査リポート*によると、「カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが必要だ」と回答した生活者は75%を超えます。カーボンニュートラルに取り組む企業への評価も高くなっています。社会の意識が変わってきているのを感じます。
松江 かつて日本で省エネ技術が発展したのも、リサイクルやリユースが普及したのも、消費者に後押しされた面が大きかったといえます。これからは、需要家起点での“ディマンドチェーン”が大事になると思います。
今後は、地産地消のニーズも大きくなっていきます。地産地消型社会になれば、移動に伴うCO2排出量が減りますし、サーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行も進めやすくなります。地産地消型、分散型の社会という将来像に向けて、他者との最適な組み方を探る動きも増えていくと思います。
高村 B2Bの企業でも、消費者のニーズを踏まえ、取引先に転換を迫られる場面が増えています。アップルが2030年までに、すべての事業、製品のサプライチェーン、製品のライフサイクルからの排出量を正味ゼロにする目標を掲げ、サプライヤーに100%再エネの使用を要請しているのが、その典型です。
リスクシェアで社会実装の速度を上げる
高村 社会全体で脱炭素を実現するには、新たな技術の開発も欠かせませんが、これには大きな投資が伴います。果たして技術が開発できるか、市場化できるか、将来の経済的なリターンが定かでないだけに、ハイリスクの投資で、容易に投資に踏み切れないこともあるでしょう。
そこでカギになるのが、リスクをシェアする考え方ではないかと思います。たとえば、欧州の鉄鋼大手のスウェーデンスティール(SSAB)は、化石燃料の代わりに化石燃料を使用しないで生産される水素を使って鉄をつくる水素還元製鉄に取り組んでいますが、通常の高炉でつくるよりもコストがかかるのが難点です。ところが、ユーザーである自動車メーカーがカーボンフリーの水素還元でつくった鉄鋼製品を購入することで、SSABの取り組みを支援しています。
これは民間企業同士でリスクシェアしたケースですが、官民によるリスク分担もありうると思います。新しい技術のR&Dへの資金とともに、市場化に向けて実証・実装段階での支援も検討する必要があると思います。
松江 たしかにそうかもしれません。日本には、水素やアンモニア、CCS(二酸化炭素回収・貯留)や回収したCO2を原料として再利用するCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)などを含めて、脱炭素化に向けた技術の種がいくつもありますが、なかなか社会実装に結び付きません。社会実装の後工程に政府がどうコミットするかは、重要な問題です。
高村 社会実装を進めるうえでの壁は、新しい技術の社会実装を支えるインフラや制度・ルールが整っていないことです。たとえば、日本の水素技術は優れていますが、実証・実装の段階になると、さまざまな規制の壁やインフラ不足に妨げられて、思うように進みません。中国などは大規模な実証を可能とするエコシステムをつくることで、社会実装の速度を上げています。
松江 まさに、そこが日本にとって大きな課題だと思います。これからは、「戦略の実行速度」が問われる時代になると思います。よく日本はゼロからイチをつくるのが苦手だと言われますが、むしろイチから10、100へとスケールさせていく実行、実装の速度が遅いことが問題です。既存のしがらみやルール、法律を同時に変えていかなくてはスピードは上がりません。
高村 省庁間の縦割りも、社会実装を遅らせている要因の一つかもしれません。関連規制の見直し一つを取っても、省庁横断で統合的に取り組まなくては難しいでしょう。
松江 そのためには、霞が関と永田町のガバナンス改革が必要だと思います。たとえば、政府は成長戦略を示すものの、いつまでに何をやるかという時間軸が明確ではありません。官僚も担当大臣も任期が短いので、長期視点でコミットできないからです。
そこは、民間側からの働きかけや問題提起を継続的に行うことでガバナンスを機能させることが必要だと思います。
もう一つは、海外との比較という視点からガバナンスを利かせることです。たとえば、日本政府は、カーボンニュートラルに取り組む企業に対して、10年間で2兆円を支援するグリーンイノベーション基金を創設しました。10年という長期にわたる支援は画期的で、その点は評価できますが、欧州グリーン・ディール投資計画は10年で5000億ユーロ(約65兆円)、米国は環境保全に4年で2兆ドル(約230兆円)という予算計画を打ち出しています。政策を立案する際には、海外との比較という点からもしっかり検証すべきです。