「有望なマーケット」を創造して、新陳代謝を促す
高村 先ほど、事業ポートフォリオの入れ換えによって企業価値を高めている例について紹介いただきましたが、日本経済全体に視野を広げれば、産業レベルでの新陳代謝、構造転換を進め、勝てる産業へ移行する戦略も必要だと思います。
松江 産業構造の転換について言うと、日本は雇用が最大の制約条件になっています。これまで日本は、終身雇用によって企業が雇用を守ってきましたが、これからは官民が共同して、「社会としての終身雇用」を実現していく必要があります。
そこで企業が取り組むべきなのは、働き方の選択肢を広げていくことです。兼業や副業、キャリアの複線化などを支援して、雇用の柔軟性を高めるのです。一方で政府には、人材に対する再教育や就業支援などのセーフティネットを手厚くしていくことが求められます。
産業政策については、いかに伸びる分野に集中投資をしながら、勝てる産業をつくっていくかということが重要です。日本の社会課題と関係が深いテーマの中から、成長期待の大きい領域に投資をしていくのです。具体的には、ヘルスケア、環境・エネルギー、社会インフラの再生を中心とする国土強靭化、教育産業などが有望な領域だといえます。もちろん、カーボンニュートラルはすべてに通底する流れで、ここを起点に産業をアップグレードすることで新規の需要が生まれると思います。
高村 ヘルスケアやインフラは、国民のウェルビーイングを支える基盤分野ですし、国内だけでもかなりの市場規模があるので、その意味でも有望ですね。
松江 日本は課題先進国ですから、日本が抱える深い課題を解決できるソリューションなら、海外に輸出することが可能です。これらの重点領域の課題は時代とともに移り変わり、解決策を生み出すたびに代替需要が生まれるので、持続的な国内市場が見込めます。
高村 すべての産業をまんべんなく支援する政策が、新陳代謝を遅らせている面もあるでしょうか。
松江 私は、古くなったものを壊すのではなく、新しいものをつくる発想が重要だと思います。新しいものや良いものが出てきて、それが「有望だ」と思うと、自然とみんながそちらに移り始めます。そのほうが、古いものを壊すより、新陳代謝に伴う社会的コストを抑えられます。
高村 勝ち筋と思われるところを「有望なマーケット」に育て、競争力を失った産業がそちらに移行していくという戦略ですね。
松江 新しいものをつくるうえでは、デジタルが力を発揮します。たとえば、デジタルツインによって仮想空間で新しいものをどんどんつくっていき、シミュレーションによってその価値が実証されたら、社会に素早く実装していくのです。そうやって、人々が移れる場所をつくっていけば、産業の新陳代謝が活発になっていくはずです。
