
財政的な持続可能性の確保、高齢化への対応など、ほころびが見える日本の社会保障制度。政府の中の閉ざされた議論ではなく、医療関係者はもちろん、法学者、経済学者、市民も交えた全方位的かつ当事者意識にもとづいた議論が求められている。
「次世代起点でありたい未来をつくる。」をパーパスに掲げ、コンサルティングによる社会実装機能を備えたシンクタンクである日本総研は、こうした状況の突破口の一端をプライマリ・ケアに見いだす。そこに込められた思いや意義を、同社の調査部主席研究員である西沢和彦氏、リサーチ・コンサルティング部門シニアマネジャーの川崎真規氏、また、社会保障法の第一人者でありフランスの制度にも詳しい東京大学大学院法学政治学研究科教授の笠木映里氏が加わり語り合った(この鼎談は、パーパスの実現に取り組む研究員の生の声や姿を届ける「JRI STORIES」の企画として実施した)。
持続可能で質の高い医療提供体制
カギを握るのは「プライマリ・ケア」
西沢: 日本総研は民間シンクタンクですが、これまでもパブリックなテーマを扱い続けてきました。「持続可能で質の高い医療提供体制」もその一つで、来る12月8日には、「プライマリ・ケア(一次医療)」にフォーカスし、シンポジウムを開催します。プライマリ・ケアとは、私たちの身近にあって最初の相談窓口となり、治療に限らず予防なども含めた総合的な医療サービスと言えます。
今般のコロナ禍では、発熱があっても、そもそもわが国のプライマリ・ケアを担っているはずの「かかりつけ医」が十分に機能しないという事態が生じました。こうした状況を受け、政府も、かかりつけ医の制度化の議論に着手しています。
政府が、プライマリ・ケアの領域に着目していること自体は、われわれも大いに歓迎しているところですが、果たしてかかりつけ医の制度化という課題設定で議論を進めていいのかという疑問はあります。そもそもふだん健康な人はかかりつけ医を持っていませんし、本来プライマリ・ケアは、医師のみならず、看護師、薬剤師、介護士および行政がチームで提供されるべきものです。そう考えれば、かかりつけ医という言葉では、プライマリ・ケアの本質を正確に捉えきれない懸念があります。また、この言葉では、「二次医療」「三次医療」との連携も捉えにくくなります。そのため一般にはなじみがないものの、プライマリ・ケア(一次医療)という言葉を用いることにしました。
同様の考えから、今回のパネリストも医師だけではなくコメディカル(医師と連携して医療に携わる医療専門職の総称)の方として薬剤師もお招きして、それぞれのお立場から議論をしていただこうと考えています。また、医療の分野は国の財政的な制約とは無縁ではいられませんし、費用と効果の概念が不可欠ですので、経済学の視点も重視しています。
あくまで私の印象ですが、日本の医療に関する議論の問題は大きく2つあります。1つは、利害関係者が多く、がんじがらめになっていることです。もう1つは、負担増や給付減といった必要でありつつ国民の耳には痛い課題から、政治が目を背けがちであることです。われわれのような民間シンクタンクは、そうした利害関係や大衆迎合からは中立的な立場から、真に日本にとって必要な提言ができるところに大きな利点の1つがあると考えています。その提言は、大局的な視点に立ちつつ、非現実的なものとならないようフィージビリティーに細心の注意を払い、社会への実装までを設計する。
これは今回のようなシンポジウムや、本企画のような「傾聴と対話で未来をつくる。」を掲げて情報発信する「JRI STORIES」など、われわれの活動すべてに通底する日本総研としての行動指針でもあります。
私は文章などを通して提言や発信し、川崎はコンサルタントとしていろいろな方の意見を聞きながら、さまざまなアイデアを社会に実装していくことに挑んでいます。今回のシンポジウムは、そうした活動の一環です。
医療の質の改善による
制度の持続性の確保
笠木:私は、社会保障法の研究者としてフランスの医療制度に関心を持ってきました。また、昨年まで現地に住んで、患者・市民としてもフランスの医療に触れる機会がありました。
フランスでは多くの国民が、医療保障が平等でユニバーサルなものであることが社会にとって重要だと認識しており、この点は日仏である程度共通していると感じます。また、医療制度の中身も、基本的には患者が自由に受診する医療機関を選べるという考え方などは日本と同じです。異なる点もあります。フランスでは、病院の規模が大きく、その多くが公立で、院と街のお医者さんの役割分担は明確です。そのため、コロナ禍では国がかなり強いリーダーシップを発揮して、病院の人的リソースと病床をやりくりしていました。