日本の医療制度が社会保険であるということの
意義を問い直す

笠木:確かに歴史的に社会保険の基礎には保険者自治があったと思いますが、多くの国で、社会保険の運用に国が介入せざるを得なくなっています。税財源の割合が増加するとともに、保険者自治が後退しているとの議論はフランスにもあります。

西沢:かといって、国がすべてをコントロールするのも厳しい。都道府県単位の国民健康保険の状況などは、笠木先生が執筆された論文が実に実態をよく捉えていると感じますが、現状を見ていると、財務省は都道府県に国民健康保険の運用を任せてしまいたいというのが本音ではないかと思います。

笠木:今の制度では保険者・被保険者集団の範囲やそのガバナンスについて一貫した議論がなく、日本の医療制度が社会保険であるということの意義を問い直す時が来ているように思います。

川崎:私もいろいろな国の社会保険の在り方を見てきていますが、それぞれ事情があり、なかなかそのまま日本に適用できる解というものはありません。ただ、多様な関係者をまたいだフェアで開かれた議論を重ねて、削減するべき要素と必要な要素の峻別(しゅんべつ)を行い、適切な制度や仕組みを社会に実装していく時が来ていると感じます。

 先ほどのフランスでの「医療費の医学的コントロール」ではありませんが、質は担保しながらも必要なコストを見極め、足りない分は社会保険料を上げるのか、税金を上げるのか、はたまた何もしないのか、国民の意見を諮るべきです。今はまだ、診療報酬などテクニカルな議論に終始しているとも感じます。

 日本総研では、「健康・予防」「医療」「予後」「介護」などのテーマで活動する研究員が部門を超え、より緊密に連携するタスクフォースを立ち上げました。今後も本質的に考えるべきテーマに光を当て、開かれた議論の場づくりに注力していきたいと考えています。

日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門シニアマネジャー 川崎真規氏

「パンドラの箱」を開ける時
ハードルの低い議題から討議を

笠木:私が最初に書いた論文は、医療保険の給付範囲に関するものでした。その時の問題意識は、社会保障が何をどこまでカバーすべきなのか考えたいというものでした。ただ、執筆を進める過程で関係法令の内容を詳しく見ていくと、中医協(中央社会保険医療協議会)による診療報酬の微調整の中に議論が埋没しており、公私の役割について正面から議論する場がないことが分かりました。

 一時期話題になった混合診療についても、混合診療の可否の議論以前に、そもそも社会保険が何をカバーするのかを議論すべきと考えていましたが、そうした議論はほとんどありませんでした。この問題は先進医療や選定療養をめぐって部分的に論じられているわけですが、なかなか国民には分かりにくい制度だと感じます。もちろん、白地から理念や政策を議論することも意味がないとも思いますが、少なくとも、社会保険の役割がどこまでか、という論点が背景にあることを意識した議論をすることが必要ではないかと思います。

西沢:がん治療薬オプジーボ(一般名:ニボルマブ)の登場を契機に、高額医療を果たしてどこまで保険で賄っていけるのかが議論になりました。また、アメリカでは、妊娠中絶についての議論が絶えることなく続けられています。私はこうした簡単に結論が出るものではないテーマに対しても、あらゆる考えを持つ人が立場を超えて話す場が重要だと考えています。常に議論を続け、多様な意見が併存するという状態が必要です。だからこそ、経済、法律の専門家も交え、保険者はもちろん被保険者も主体的に議論してほしいと願っています。

笠木:確かに、社会保険や診療報酬の在り方について議論することは、いわば「パンドラの箱」を開けることに他なりません。一度開ければ間違いなく議論は百出するでしょう。