持続可能で質の高い医療提供体制構築のために
こうしたことから、西沢をはじめとした研究の部署が進めている未来を拓く提言にも、実装を阻む障壁があるのではないか、自分がもし貢献できるとすれば、その障壁を取り除くことではないかと感じ、「持続可能で質の高い医療提供体制構築」と銘打った部門横断プロジェクトを立ち上げることにしました。
実際にさまざまな声に耳を傾けてみると、だれも変化を拒んでいるわけではなくむしろ望んでいるものの、さまざまなステークホルダーがせめぎ合ってストレートな議論が十分にはできず、もどかしさを感じている様子が見えてきました。そこで、何もしがらみのない民間の企業であるわれわれ日本総研が、中立的な立場とフットワークの軽さを活かして社会に貢献できるのではと考え、その端緒を今回のシンポジウムで開くことになったといえます。
西沢:医療の分野に限らず、政府主導の議論の多くは最初から出口が決まっていることが多いと感じています。出口とはすなわち、法案の国会提出と可決後の施行です。期限が決まっていますし、施行のためのインフラも限られていますから、わが国が抱える課題の重さに比べ、根本的な解決策は俎上(そじょう)に載りにくく、小さな改善にとどまりがちです。
政府の会議も、事務局が利害関係者間の落としどころを探って課題設定をし、有識者がそこにお墨付きを与えるという構図になってしまっているのではないでしょうか。これでは本質に迫れず、根本的な解決にもたどりつけないと思います。

笠木:日本について気になるのは、医療の現場の医師・看護師などの声が、政策や制度討議の場に届いているのか、ということです。フランスには複数の医師労働組合・看護師組合があり、開業医や勤務医などの立場の違い、政治的な思想の違いも反映して活動しています。
このことにより、制度改革が困難になる面もありますが、それぞれの立場から自らの利益を主張し見解を発信することで、現場の感覚や経験が政策にも反映される可能性があります。日本では、そうした機能を果たす組織が存在するでしょうか。
西沢:政策立案者のもとには、医療の経営者サイドの声は組織を通じて届いているように見受けられます。それに対し、医療の現場を支える医療従事者の声を代弁する、いわば「連合」に当たるような組織は、確かに日本の医療にはあまり見当たりません。
川崎:このお話は、とても重要な要素を含んでいると思います。私たちが今後議論の場を形成していくのであれば、よく発言する方のことに耳を傾けるばかりでなく、普段そういう場に姿を見せない方や団体であっても、課題意識を持つ当事者や、議論したい意志のある方をお呼びする場にすべきだと考えます。
日本で進む「統治客体」の意識
問われる国民の態度
西沢:医療は財政から目を背けることはできません。今回のシンポジウムおいても、財政は大きなテーマです。ところが日本の財政は、当初予算を組んでも後で補正予算を組んだり、補正予算組んで支出が拡大したら国債を追加で発行したりして帳尻を合わせてしまう。財政の専門家も、目標を立てても実行の具体的な計画もなく、あったとしても見込みが甘いと政府を指弾します。特にこの10年ほどは、予算の緩み方が目に余るように思います。
ただ、国民もそれをことさら気にするわけでもなく、欧米では「日本は民主主義が未成熟だ」と指摘する人もいます。確かに我々国民に、行政に依存する体質、すなわち「統治客体」の意識があることは認めざるを得ません。
もともと社会保険は、「社会保険自治」の考えの下に、被保険者がお金を出し合って成り立つもののはずです。ただ国民にその意識はなく、「厚生労働省がやってくれるもの」といった意識しかないのではないでしょうか。