奈良 アカデミアの立場からすると、日本と人種的に近く身体的な特徴が似通っているASEAN地域は医学的な研究成果を導出しやすいですし、企業の立場であれば国内マーケットが成熟する中で、アジアの成長を取り込みたいというお考えがあります。いずれの立場からも、距離感が近いASEANがまず視野に入ってきます。

倉田 ヘルスケア関連の市場規模で見れば、欧米のほうが大きいですが、中長期的な社会課題の解決と事業成長という観点からは、アジアがより重要になってくると思います。

 企業が研究開発に投資するうえでは、将来的にどうマネタイズするかという視点は外せません。そういう点からも、ASEANには医療サービスにお金を支払える所得層が一定程度存在しますし、複数の国で病院を展開していたり、メディカルツーリズムの形で国外から治療のために患者が訪れたりする民間病院グループもあります。ですから、ある国で実用化に成功できれば、次は別の国でというルートを開拓しやすいメリットがあります。

波江野 アジアに限らず、新興国ではさまざまな社会課題が顕在化しています。それらの課題は先進国でも存在していないわけではありません。ですので、より深刻な新興国で解決した実績やエビデンスは、欧米先進国における評価・実用化に向けて有用な一歩になる可能性も広がります。現にヘルスケアスタートアップの中には、健康課題が顕著な新興国で事業化して、その実績を持って先進国に「リバースイノベーション」という形で展開し、成功しているケースも見られます。

波江野 武Takeshi Haeno
モニター デロイト
パートナー 執行役員
ヘルスケア ストラテジー

デロイト トーマツ コンサルティングにおける戦略領域のリーダー。同社の戦略組織であるモニター デロイトの中で、業界を超えたヘルスケア戦略領域を専門としている。日本、米国、欧州デンマークそれぞれにおけるヘルスケアビジネスでの経験等をもとに、国内外の健康・医療問題について社会課題としての解決とビジネスとしての機会構築の双方を踏まえたコンサルティングを、政府、幅広い業界の民間企業などに幅広く提供。米カリフォルニア大学バークレー校 経営学修士・公衆衛生学修士。共著『未来を創るヘルスケアイノベーション戦略』(ファーストプレス、2022年)ほか、執筆・講演等多数。

飛田 中長期的な社会課題解決という観点でアジアでの研究開発を進めていくというのは、本当に重要です。やはり、日本だからこそやらなければいけない、そういった責務を我々は負っていると思います。

 同時に、ある国で実用化できたとしてもそれはゴールではないということも、我々は認識しておかなくてはなりません。GAUDIで受ける相談は、医薬品や再生医療も多いのですが、案件ベースでだいたい6割くらいが医療機器あるいはヘルスケア関連のテクノロジーです。医療機器やヘルスケア製品は、いったんある国で社会実装すれば終わりではなく、そこからさらに研究や改良を重ねてよりよいものにしていくことが重要です。

倉田 国によって社会のニーズはもちろん、医療保険制度や各種規制、個人情報の取り扱いなどでさまざまな違いがありますから、おっしゃる通り一つの国での社会実装が行われて、それで終わりということはありません。さらに、同一国の中でもヘルスケアへのアクセス環境は異なり、たとえば都市部と地方では異なる課題があるなど、幅広い論点があります。

アジアにおける大学間連携を積極的に進め、
現地起点でのソリューション構築を促進する

倉田 ASEAN地域への進出を新たに検討する場合、ユーザーのインサイト理解、規制・ルール把握、パートナー探索など、市場を理解するうえでのさまざまなハードルがあります。ASEAN地域の特定の国にすでに進出している日本企業もありますが、そのような企業の場合でも、その国のニーズやルールに精通している一方で、他国についてはわからないという状況も多くみられます。

倉田 舞Mai Kurata
モニター デロイト
マネジャー
ヘルスケア ストラテジー

東南アジアのヘルスケアに関する専門性を有し、前職ではタイの大手私立病院グループのマーケティング職として、患者や企業、行政を対象としたマーケティング戦略立案、実行業務に従事。モニター デロイト参画後は、国内外でのヘルスケア新規事業戦略を中心としたプロジェクト経験を持つ。共著『未来を創るヘルスケアイノベーション戦略』(ファーストプレス、2022年)ほか、講演等多数。

 各国におけるそうした市場環境や、事業化に向けて押さえるべきポイント、ノウハウを把握し、体系化、可視化していろいろな企業が活用できるようにするのも、GAUDIや私たちに求められる役割かもしれません。

奈良 たしかにそうですね。私たちが開催するシンポジウムなどでも、質問すれば各企業が自社で蓄積されているノウハウを紹介してくださいます。機密保持などの観点から差し支えない範囲であれば、情報共有に応じてくださる企業は多いと思います。

飛田 先日ある企業の方とざっくばらんに話す機会があったのですが、知財やノウハウをシェアすることの大切さを強調していらっしゃいました。その理由は、とても価値の高い知財であっても、企業内だけでは社会実装が難しいものも多いからということでした。

 その方は、知財やノウハウを積極的にオープンにして、お互いが持っているものをうまく組み合わせることで実用化していきたい、そういうことを話し合える場がほしいとおっしゃっていました。地球規模の社会課題を解決するためには、まさしくそうしたオープンイノベーションの場が必要で、だからこそGAUDIがグローバルな研究開発を支援していく意義は大きいとあらためて感じました。

倉田 ある社会課題の解決を企業やアカデミアが個々に目指すのではなく、複数のステークホルダーが一丸となって取り組む意味でも、大学をはじめとする公的な機関が、グローバルな研究開発をリードすることがとても重要だと思います。大学同士が国境を超えて連携していれば、企業がそこに参加するスキームもすごく組みやすくなります。