松江 私は、循環とは、回転と蓄積だ、と定義しています。回転し取引を増やす、さらには取引からの知見が蓄積されるからこそ価値が高まる。人口減少の日本における成長につながる考え方です。

デロイト トーマツ グループ 執行役
CETL(Chief Executive Thought Leader)
経営戦略・組織改革/M&A、経済政策が専門。フジテレビ『Live News α』コメンテーター、中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、経済同友会幹事、国際戦略経営研究学会常任理事。著書に『「脱・自前」の日本成長戦略』(新潮社、2022年)、『日経MOOK グリーン・トランスフォーメーション戦略』(日本経済新聞出版、2021年、監修)、『両極化時代のデジタル経営——ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社、2020年)、『自己変革の経営戦略』(同、2016年)」など多数。
企業でいうサブスクリプションサービスなどのリカーリングビジネスに例えるとわかりやすいですが、同じ人が継続的に何度も使ってくれるから回転して、その結果としてデータやノウハウが蓄積される。それに基づいてさらにサービスを改良し、価値を高め続けることができれば、単価を上げることができて、経済価値が高まっていく。
入山 回転と蓄積で価値を高める。とてもいいアイデアですね。
松江 そうですね。さらに次のステップとしては、そのうねりを国内だけでなく海外にも広げていく必要があります。いままでは人の移動も、財や資本の移動も、インバウンドかアウトバウンドか、輸出か輸入かの一方向で終わり、循環になっていませんでした。たとえば、観光におけるインバウンド需要も、帰国後のアウトバンド化需要も取り込むなど、循環させる工夫が重要です。
その価値循環を日本全体だけでなく海外にも広げることができれば、人口減少局面にあっても質と量の両面から日本の価値を高めていくことができるというのが、私の仮説です。
入山 よくわかります。言われてみれば私も回転と蓄積を重ねていまして、日本国内だと少なくとも3カ所を循環しています。そのうちの一つが京都で、2021年から京都市の都市経営戦略アドバイザーを委嘱されています。
京都は世界に冠たる観光都市で、コロナ禍前の2019年には886万人の外国人観光客が訪れていました。でも、観光客ですから一過性で、過半数は日帰りです。これでは、回転と蓄積で価値を高めることはできません。
回転と蓄積の原理で、日本を最強の長寿国家に
入山 私が京都の人たちに言っているのは、グローバルに開かれた都市にすること、そして、もっと多様性を高める必要があるということです。たとえば、観光客向けの短期滞在のホテルはたくさんあるのですが、ビジネスや研究のために長期滞在する人向けの宿泊施設が圧倒的に不足しています。長期滞在者は子ども連れで来る人もいますが、インターナショナルスクールも少ない。そういうハード面の整備を進めるとともに、映画祭やアートイベントの開催など、ソフト面の仕掛けをしていけば、回転と蓄積が生まれます。
多様性について言うと、京都の外の人たちを巻き込むだけでなく、内なる多様性を高める必要があります。京都は大学の街、神社仏閣の街でもありますが、大学、神社仏閣、ビジネスなどそれぞれの世界に閉じていて、領域をまたいだつながりが弱いのです。
私も少しかかわっている企業がかなり面白いことを最近やりました。その企業が京都の名刹の厨房に有名なシェフを連れてきて、その寺の庭園の見える一室で料理を味わうというイベントを仕掛けたのですが、これがかなり評判だったんです。東京の高級レストランでフルコースを食べるよりはるかに高い値段だったのにもかかわらず、参加者は大満足してくれたようです。領域をまたいでつながり、新たなコンテンツをつくり出せば、松江さんがおっしゃるように質と量の両面で付加価値を高めていくことができる、その一つの例だと思います。
松江 そうなんです。回転と蓄積の原理は、いろいろなところに当てはめられるのです。都市だけでなく、森林や海洋とか、あるいは宇宙。さらには、リアルとバーチャル。異なる領域をつないで、回転と蓄積を生み出していけば、日本の伸び代はまだまだ大きいと思います。
そこで、私が日本のアドバンテージだと考えている機会があります。それが、「時間の蓄積」です。京都に象徴される歴史的な遺産、文化の蓄積がありますし、また、長寿社会ですから一人ひとりのシニアに知識や情報、資産の蓄積がある。そういう意味で他国に比べて発射台が高いわけですから、そのアドバンテージをうまく活かして、人、物、金、情報(データ)の4つをかけ合わせながら、回転と蓄積を加速させていくべきです。
入山 時間の蓄積というのは、いい発想の転換ですね。日本人は人生の時間軸を会社に規定されていて、60歳の定年まであと何年だからとか、役員の任期があと2年だから大過なく過ごそうという発想になってしまう。
私は少なくとも85歳までは現役で働くつもりなので、あと35年あると考えれば、まだまだ新しいことを始められますし、やりたいことはいっぱいある。最近はテニスを始めました。外から規定された時間軸を取っ払って、自分で決めたほうが人生を楽しめます。
松江 定年まであと何年と引き算するのではなく、これまで何年かけてスキルとノウハウを蓄積してきたかという足し算の発想に転換して、それを付加価値として活かすことを考えれば、あれもできる、これもできると未来が広がります。
そして、シニアは自分の人生経験から得た時間の蓄積を若い人たちにどんどん移植していって、知の循環を図る。若い世代との交流が増え、元気に長く働くシニアが増えれば、日本は最強の長寿国家になれます。