ルールをうまく使いながら、前へ進む姿勢が必要

植木 個人情報保護法に限らず、ステークホルダーによってルールの解釈が異なる場合があり、ルール上認められていることでも、必要以上に自主規制してしまっているケースがあるかと思います。みずから可能性を閉ざしてしまうのは、もったいないですね。

中野 医療機関の場合は、「患者の個人情報を守らなければならない」という意識が非常に強く、法律上は「匿名加工情報」「仮名加工情報」としてデータを提供できるとなっても、心理的なバイアスがかかってしまう面があります。海外と比べると、日本はその傾向が強いのかもしれません。

中野壮陛Shohei Nakano
医療機器センター 専務理事

 企業としては、病院からデータを提供してもらう立場であり、開発した医療機器を購入してくれるのも病院です。ですから、法律上問題がないとしても、対等な立場でデータを共有したり、利活用したりすることがなかなか難しい。社会のために医療を発展させていく協働パートナーのような関係を構築できるといいと思います。

立岡 「個人情報を守る」ことも「データを利活用して医療に貢献する」ことも、最終的には患者のために行われるので、うまくバランスを取ったパートナー関係が構築できるはずですよね。

中野 もう一つ、日本の医療機関ではデータが新たな価値を生む資産だという認識が弱いということもいえます。一部の大学病院は、日本の医療の発展のために手間暇かけてでも積極的にデータを提供していますし、医療の質の向上や病院経営の安定化のためにデータ活用に力を入れている大手医療法人もあります。しかし、多くの医療機関では、電子カルテに残っているデータなども保険申請するための記録であって、価値を生む資産だという認識が薄いので、外部と共有することに対して消極的になりがちです。

立岡 先ほど中野さんがおっしゃったように、それぞれのステークホルダーが個人情報保護法を正しく理解することが、とても大事なポイントだと思います。データの有効活用と個人情報保護を両立させるための法律であるにもかかわらず、「これはだめ、あれもできない」という運用になってしまっています。

立岡徹之デロイト トーマツ コンサルティング
パートナー 執行役員 ライフサイエンス&ヘルスケア

中野 立法の趣旨が、明らかに間違って伝わっているために、物事が進まなくなっていると感じています。私たちが2022年に公表した研究結果では、医療機器の研究開発プロセスに照らし合わせて、個人情報保護法に基づくデータ活用を解説しており、個人情報保護委員会にもすべて確認を取っています。それでも、私たちの報告を読んで「そんなはずはない。医療データの活用は難しい」と主張する人たちがいます。「何を根拠にそうおっしゃるのですか」と尋ねると、根拠が曖昧でほとんどが誤解に基づく主張です。

 ちょっと辛辣な言い方ですが、ススキを見て「お化けが出た」と言っているようなもので、だから「僕らの仕事はゴーストバスターズだ」と冗談半分に私たちの財団では言っています。

 正論を振りかざすだけでは見えないお化けを退治するのは難しいですから、わからないところがあるなら、どうわかるように翻訳して解説するかが大事だと思っています。