医療の世界は、間違いなくデータドリブンになっていく
中野 個人レベルで言えば、「ルールでこう決まっているから、できない」と判断したほうが、余計な仕事はしなくて済むので、楽なんです。データの利活用はまさに、いままでやってこなかった新しい仕事であり、チャレンジなので、事務方が「リスクがあるのでやめよう」と判断するのは、ある意味で当たり前だと思います。
ですから、ゴーストバスターズの仕事をするうえでも、データ活用をしたくない人たちが一定数いることを前提に、相互理解を図る必要があると思っています。
私個人としては、医療機器産業を振興する仕事がしたいので、新しいことにチャレンジするスタートアップや、大きな組織の中でもベンチャー精神を持っている人たちを支援することで、日本を動かしていきたいですね。
いまのルールの中でデータ活用を進めてみて、うまくいかないことや何か失敗する人たちが出てきたら、ルールをつくり直せばいい。そういう土壌をつくっていくことが大事だと思います。
植木 今後、データ利活用を進めていくうえでは、データの保持者である患者さんを含めて、広く社会の理解と協力を得ていく必要もありますね。
中野 そうですね。2019年に製薬企業の活動を念頭にデータ利活用に対する市民の期待や懸念に関する調査を中田はる佳博士(国立がん研究センター 研究支援センター 生命倫理部COI管理室長)らが行いましたが、公衆衛生の促進という目的が明確であれば、患者記録の二次利用について同意する人が多いという結果が出ています(*2)。AI医療機器開発を想定してあらためて調査する必要がありますが、仮名加工することを前提にすれば、広く理解が得られるのではないかと思っています。
*2 Nakada, H., Inoue, Y., Yamamoto, K. et al. Public Attitudes Toward the Secondary Uses of Patient Records for Pharmaceutical Companies’ Activities in Japan. Ther Innov Regul Sci 54, 701–708 (2020).
ただ、ゲノムデータの取り扱いに関しては別枠で考えたほうがいいかもしれません。2023年度からの厚生労働科学研究では、ゲノムデータの個人識別性に該当する範囲について科学的な観点や海外動向を踏まえた調査・分析、病理画像やゲノムデータなどデジタルデータのAI研究開発への利活用に関わるELSI(倫理的・法的・社会的課題)の抽出を行い、提言をまとめる予定です。
研究班には患者さんの団体にも入っていただいています。患者さんの団体からは、もう少し慎重な議論がほしいといった意見も出ており、それを真摯に受け止めながら、一つひとつ不安や懸念を解消していきたいと思っています。
また、保健医療分野におけるデジタルデータの仮名加工方法に関する技術的ガイドラインや、医療機関における運用ガイドラインなども2023年度中にまとめる予定です。医療のイノベーションを実現させるためには、医療機関の理解と協力も欠かせませんから、医療機関になるべく実務的な負担をかけずにデータを提供してもらえる仕組みを整備していかなければなりません。
植木 データ利活用などの規制が深く関与する活動に医療機器業界全体として取り組んでいくためには、中野さんのように規制について深く理解したうえで、それを各ステークホルダーにわかるように翻訳して伝えることができたり、既存の法律や制度でカバーされていない部分について、新たなルールや仕組みづくりを主導できたりする人材が必要だと感じました。日本でも、そうした人材をもっと増やしていくことが重要ですね。

マネジャー ライフサイエンス&ヘルスケア
中野 米国では、先進医療技術工業会(AdvaMed)という団体が組織的にそうした役割を果たしています。年間の予算規模が大きく、大勢のスタッフを抱えて、政府や医療機器メーカーなどとも連携しながら、活動を進めています。
医療の世界はこれから、間違いなくデータドリブンになっていきます。医療機器開発にしても、これまでは医療現場のニーズを聞いて、それを医療機器に仕立て上げる「ニーズドリブン」で進めてきましたが、これからはデータから見えてくる新たなニーズを踏まえて開発したり、AIにデータを学習させたりといったように開発のあり方そのものが変わっていきます。
そうなると、自社単独での開発は難しくなりますから、米国を中心とした研究開発戦略の変遷を見ると、足りないリソースを取り込むためにベンチャー企業を買収したり、大手医療機器メーカー同士が合併したり、ITや製薬など異業種と連携したりといったケースがどんどん増えていきました。日本はまだ自社開発が主流となっていて、個人的にはそこに危機感を持っています。