プロセス(2):解釈を揃える

 図表2のプロセス(2)に移ろう。ここで重要なキーワードは、多義性(equivo-cality)である。相対主義を前提とするセンスメイキングでは、人は認識のフィルターを通じてしか物事が見れない。そうであれば、同じ環境でも感知された周囲の環境をどう解釈(interpret)するかで、その意味合いは人によって異なる。すなわち、この世は多義的になる(=意味合いが多様になる)のだ。

 この環境の多義性は、特に先に述べたような「新しく」「予期できず」「混乱的で」「見通しが立てにくい」時に、顕著になる。このような状況下では、周囲から確かな情報は得られず、これまでに直面した経験もない。したがって、「いま何が起きているのか」「問題の理由はどこにあるのか」「我々は何をすべきか」などについて、絶対的な一つの見解を見つけることが、不可能なのだ。

多義性の表出が顕著だったセブン&アイ・ホールディングス

 その顕著な例になりうるのが、企業内で起きるトラブルである。例えば2016年には、セブン&アイ・ホールディングスで、前CEOの鈴木敏文氏の後継者選定で、同社内で大きなトラブルが発生した。鈴木氏が、当時社長の井阪隆一氏が後継のCEOに就任することを不服として、取締役会に井坂氏を退任させる人事案を提出したのである。しかし一方で、社外取締役を中心に構成されていた同社の指名委員会は、鈴木氏の不服を却下する判断を下した。

 この時、健全な企業ガバナンスを重視する指名委員会の視点からは、鈴木氏の行動は「経営者の暴走」として映ったのかもしれない。しかし、メディアでの発言を見る限り、当の鈴木氏は井阪氏を「同社を持続的に成長させる人物としては能力的に物足りない」と見ていた。すなわち同氏は、自身の行動は「会社の長期成長のための正当な行為」と解釈していたはずだ。まさに多義的だったのである。

ソニーは何の会社なのか

 同様のことは、一時期のソニーにも当てはまるかもしれない。2000年代に入ってからの同社は、デジタル化の急速な環境変化の中で、創業以来の主力だった製造業部門が低迷し、金融事業で収益を上げ始めた。結果として、「ソニーとは何の会社なのか」というアイデンティティが揺らいでいた時期があった。

 実際、筆者は当時ソニーの社員・幹部の方と話をする機会があったが、ある人は「ソニーは、(金融やエンタテインメントも含めて)広くイノベーションを追求する会社である」と語った。一方で別の方は、「ソニーはエレキ(電気機械)の会社でなければならない」と主張されたのだ。同じ社員でも、「ソニーらしさ」について、解釈が異なっていたのだ。

 このように考えると、多義的な解釈の「足並みを揃える」ことが極めて重要になることがわかるだろう。センスメイキング理論は、「組織の存在意義は、解釈の多義性を減らし、足並みを揃えることにある」と考えるのだ。同じ組織に属するからこそ、人々はそこで密なコミュニケーションを取り、事業環境や自社の方向性などについて、解釈を集約できるからだ。このプロセスを、組織化(orga-nizing)と呼ぶ。

なぜ「ストーリー」が重要と言われるのか

 したがって、図表2のプロセス(2)で組織・リーダーに求められるのは、多様な解釈の中から特定のものを選別し(selection)、それを意味づけ、周囲にそれを理解させ、納得・腹落ち(sensemaking)してもらい、組織全体での解釈の方向性を揃えることなのだ。ここで重要な力が、納得性(plausibility)である。例えばワイクは彼が2005年に『オーガニゼーション・サイエンス』に掲載した論文で、以下のように述べる(※2)

 Diverse as these situations may seem, efforts are made to construct a plausible sense of what is happening, and this sense of plausibility normalizes the breach, restores the expectation, and enables projects to continue. (Weick et al., 2005, p.414.)

 状況が多様に見えるほど、「いま何が起きているのか」について納得性の高い感覚がつくられることに努力が払われ、結果としてこの納得性が破壊的な状況を解消し、将来に対する期待を復活させ、プロジェクトを継続させる。

 the concept of sensemaking suggests that plausibility rather than accuracy is the ongoing standard that guides learning. (Weick et al., 2005, p.419.)

 センスメイキングのコンセプトによれば、正確性よりも、納得性の方が組織に学習を促す継続的な指針になる。(ともに筆者意訳)

 通常、事業環境分析で重要視されがちなのは、客観的な情報と、それに基づいた正確な分析である。しかしこれは、「この世には客観的な一つの真実がある」という実証主義を前提にするから、可能な話だ。

 しかし、急激に変化し、いままでの経験が通用しない、解釈が多義的になる環境では、そもそも正確な分析が不可能だ。仮に正確な分析をしても、相手を納得させることもできない。逆に求められるのは、「現状はどうなっているのか」「我々は何をすべきか」についておおまかな方向性だけを示し、それに意味を与え、説得性のある言葉で周囲に語りかけて納得してもらい、足並みを揃えることになるのだ。

 すなわち、「ストーリー性」がまさに重要なのだ。その学術的な背景は、センスメイキング理論にある。

ストーリーを語り、腹落ちさせられるリーダーが求められる

 近年、「ストーリー性」に関するビジネス書が多く出版されている。イノベーションや創造性の発揮に重要とされる「デザイン思考」の文脈でも、デザインを物語として語る「ストーリーテリング」(storytelling)の効能が主張されている(※3)

 日本ではあまり知られていないかもしれないが、一見感覚的なこのストーリーテリングは、海外のコミュニケーション論や経営学ですでに多くの研究の蓄積がある。例えば、英バス大学のアンドリュー・ブラウンの研究などがよく知られる。

 ストーリーテリングについて最近の経営学の研究には、例えばアルバータ大学のジェニファー・ジェニングスらが2007年に『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に発表した研究がある(※4)。この研究では、経営者の資金調達におけるストーリーテリングが対象となった。

日本電産、ソニーにみる経営者に重要な「物語る能力」

 経営者にとって、ストーリーテリングをして「周囲の解釈を揃える」ことは、資金調達の局面でも重要だ。経営者は、投資銀行・証券会社、ベンチャーキャピタルなどの投資家に対して、ロードショウやその他IR活動を通じて、自社の事業と方向性を理解してもらい、投資してもらう必要がある。しかし、スタートアップ企業や新事業を始める企業が、その意義を投資家に理解してもらうことは簡単ではない。投資家の評価も多義的だからだ。

 ジェニングスらは「資金調達プロセスにおいては、事業をストーリーとして説明し、投資家を納得させられる経営者ほど、獲得できる資金が大きくなる」という仮説を立てた。米証券取引所などにIPO(株式新規公開)を申請した169のスタートアップ企業と経営者の統計解析の結果、ジェニングスらは仮説を支持する結果を得ている。実際、アナリストや投資家で、「正確なバリュエーション(価値評価)があっても、最終的な投資判断は、その会社・経営者に納得できるストーリーがあるかないかで決める」という方は多い。

 日本でも、特に優れているとされる経営者は自社の方向性についてのストーリーテリングに長けている方が実に多い、と筆者は理解している。日本電産の永守重信氏は、その筆頭だろう。例えば同氏は、近い将来にドローン技術がさらに発展し、自家用車ならぬ「自家用ドローン」が登場し、「人がドローンで通勤する時代が来る」というストーリーをメディアで語っている。

 もしそうなれば、近い将来ドローンが日常の足となり、世界中にあふれることになる。そして日本電産はいま世界のモーター市場の8割を占め、ドローン向けモーターも開発しているから、「自家用ドローン市場が成長すれば、それだけ大幅な収益を上げられる。だから当社が10兆円企業になるのも夢ではない」というストーリーなのだ。この聞いているだけでワクワクするような同氏の事業構想のストーリーがあるからこそ、投資家も同社がたび重なるM&Aを行っても、資金提供を続けるのだろう。

 先のソニーも同様だ。当時低迷していた同社を復活させたのは、2012年に社長に就任した平井一夫氏だ。同氏は2017年に受けたメディアからの質疑で、「ソニーは何会社だと思いますか? 」と問われ、以下のように答えている(※5)

一言でいうと「感動会社」だ。エレキ、金融、エンタメそれぞれで、(消費者に)感動をお届けする会社だ。

 先にも述べたように、平井氏就任以前のソニーは「ソニーとは何の会社なのか」「ソニーらしさとは」が、多義的になっていた。それに対して平井氏は「感動を届ける」という言葉を選び出し、多様な事業ドメインを持つ理由をストーリーでまとめていったのだ。実際、同氏は様々なメディア取材や登壇の際に、繰り返し「ソニーは感動を届ける会社」と強調している。おそらく社内に対してもこの言葉や同氏なりのストーリーを繰り返し、語り続けたはずだ。結果、「ソニーは何のための会社か」という解釈の集約化が行われ、センスメイキングが進んでいったのだ。

 次回はセンスメイキングをとらえるための3つ目のプロセスから紹介していく。

【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】
センスメイキング理論
戦略という研究領域の構造と理論の関係
日本企業に絶対必要な「イノベーション」3大理論

【著作紹介】

『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)

世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。

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※2 Weick, K. E. et al., 2005. “Organizing and the Process of Sensemaking,” Organization Science, Vol. 16, pp.409-421.

※3 デザイン思考とストーリー性については、例えば佐宗邦威『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年)などを参考のこと。

※4 Martens, M. L. et al., 2007. “Do the Stories They Tell Get Them the Money They Need? The Role of Entrepreneurial Narratives in Resource Acquisition,” Academy of Management Journal, Vol. 50, pp.1107-1132.

※5 『日本経済新聞電子版』2017年5月23日。