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規模の拡大は本当に企業の至上命題か
規模とスケール化(事業規模がより拡大すること)は、かねてスタートアップと企業の世界において至高の目標とされてきた。スケール化しなければ失敗だという暗黙の了解が、多くの人々の間にある。大きくなるのがよいことで、それができなければ失敗ということだ。
一例を挙げよう。ある起業家が立ち上げたSNSは人気を得たが、SNSの主流となるまでには規模は拡大しなかった。そのSNSは何百万ドルもの収益を上げ、同じゲームを楽しむコミュニティができたにもかかわらず、これをつくった起業家はしばらくの間、このビジネスは失敗だと思っていた。また、本稿執筆者の一人ネイサン・ファーは共著『成功するイノベーションは何が違うのか?』で、米国の洋服レンタルサービス、レント・ザ・ランウェイの設立に至るまでの実験のプロセスを取り上げている。しかし、物的資産のレンタルに付き物である規模の制約があることから、一部の人々は「それほど規模が拡大しなかった」という理由でこのビジネスを否定的に評価した。
こうした疑問の声は理解できるものの、やや見当違いにも思える。とはいえ、声を大にして、そう主張できるだろうか。大きくなることが必ずしも成功とはいえない理由を説明できるだろうか。高名な経済学者E. F. シューマッハーの著書『スモール イズ ビューティフル』は、それをやり遂げた一例だ。スケール化の概念には核心部分に欠陥がある。とはいえ、「大きいことはよいことだ」という暗黙の了解を前に、その欠陥を指摘するのは簡単ではない。「規模」のルーツをたどることで、従来の通念が何を見落としてきたのかが明確になるだろう。
規模についてどう考えるか
スケール化に関する概念の多くは、アダム・スミスが『国富論』で雄弁に支持した、分業や専門分化などの基本的な経済原理の上に成り立っている。フランスのあるピン工場の描写で始まるこの古典的名著は、分業によって空前の効率が実現し、生産性が大幅に向上したと主張する。このピン工場では、ある労働者は針金を引き延ばしてピンの本体をつくり、ある労働者はハンマーでたたいてピンの頭の形をつくるという分業体制によって、一人の労働者がすべての作業をする場合よりも何倍もの数のピンを生産する。この方法のメリットは例を見れば自明であり、工場は大きいほどよい。
しかしこの話には、そしてこの話によって成立する基本的な経済的思考には穴があり、それが大きな意味を持つ。実はアダム・スミスは、彼の説の論拠となるピン工場をただの一度も訪れたことがなく、ドゥニ・ディドロの『百科全書』の挿絵を見ただけなのだ。しかも、ディドロもその工場を訪れたことはない。『百科全書』の小論を執筆した哲学者のM. ドレアもまた工場を訪れたことがなく、挿絵に基づいて記事を書いたのだ。つまり、現代の最も基本的な経済原理の一つは、二次情報どころか、言わば四次情報を根拠にしていたのである。
この事実を踏まえると、アダム・スミスが何かを見落としていなかったのかと疑問を抱かずにはいられない。それを確かめるために、本稿の共著者のスザンナ・ファーとオックスフォード大学の経済学者サー・ジョン・ケイ、そして筆者は、フランスにある最後のピン工場を訪ねることにした。スミスの時代から数世紀経ったその工場には、「従業員が10人しかいない、この種の小さな工場を見たことがある」というスミスの曖昧な記述とほぼ同数の従業員がいた。
規模を再考する
その古い工場は二つの丘の谷間にあり、そこを流れる川の水力が初期の製造機械を回していたのだろう。その後、電力で稼働するようになり、やがて機械そのものがさらに自動化された機械に置き換えられた。現在、工場の従業員は少数で、そのほとんどは機械のメンテナンスや機械にはできないさまざまな作業をする熟練労働者だ。実際に工場を見て最も衝撃を受けたのは、スミスや、彼の説と規模がもたらす無限の利益を信じて育った私たちが、分業について見落としてきたかもしれない、いくつかの事柄だった。
第1に、現代の労働は境界を超えた統合的な思考によって成長している。その思考は、分業と専門分化という単純な概念で説明できるメリットをはるかにしのぐメリットを生み出しているのである。別の言い方をすると、今日の工場に置かれた機械はピンの製造用に開発されたとはいえ、機械工学や製造オペレーション、熱力学、真空処理、その他の多くの領域の知識に依拠している。それらすべてを再構成して初めて、現代のピン工場がつくられるのだ。何より、今日の工場で最も価値ある労働者は、電子工学や自動化、素材、その他の機械のメンテナンスに必要な領域の広範な知識を持っている。かつてのピン工場の描写にある細分化および特化された労働は、すでに機械やAIによって自動化されており、今後もさらに自動化されていくだろう。AIなどによる自動化に置き換えることができないのは、差別化され、機能横断的で、統合的な仕事である。