イノベーションを生み出す人材は育成可能か

「私の死亡記事には、かなりの誇張があります」。スティーブ・ジョブズは2008年9月、数々の画期的な新製品がそのベールを脱いだアップルの発表会に、驚くほど元気な姿で現れ、こう断言した。

 ジョブズがマーク・トウェインのこの台詞[注]を引用したのは、深刻な健康問題を抱えているという憶測を一掃するためだ。そして、彼の試みは今回に限っては成功したというのが、衆目の一致するところである。

 とはいえ、この偶像視されているリーダーもけっして不死身ではない。ひるがえせば、アップル取締役会は大きな課題を抱えているといえる。つまり、いかに第2のスティーブ・ジョブズを育てるか、である。

 イノベーションという点で、アップル経営陣のなかに革命的な変化をもたらした者はほとんどいない。一方、ジョブズはアップル在職中に、〈Mac〉〈iPod〉〈iTunes〉、そして〈アイフォーン3G〉など、コミュニケーションにとどまらず、生活まで変える製品を生み出してきた。

 では、次世代における「必要不可欠な技術(マスト・ハブ・テクノロジー)」の開発において、他社に先を越されないよう、ジョブズとアップルがいま、やらなければならないことは何だろうか。これは正鵠を射た質問である。そして、金融市場でも、小売市場でも、もちろんアップル取締役会でも、その答えは決まっている。それほど差し迫った問題なのである。

 ブレークスルー・イノベーターを見出し、育てることは、成長を求めるならば、アップルのみならず、あらゆる規模の組織が抱える重要な課題である。エグゼクティブ・サーチ会社のスペンサースチュアートが、世界トップ企業の経営陣に実施したインタビュー調査では、その3分の2以上が、長期的な成功に不可欠な要素として「イノベーション」を挙げている。

 実際、取締役会の議題は、しばしば次の2つに絞られる。つまり、どうすればイノベーションを生み出し続けられるか、そしてこれを実現しうる次世代リーダーの育成計画が整っているかである。