契約は始まりにすぎない

 売り手と買い手の関係は、取引が成約にこぎつけた段階で完結することはまずない。むしろ成約後に両者の関係が緊密化するケースが増えており、次回以降に買い手がどの売り手を選ぶか、その判断にも影響を及ぼしている。

 このような傾向は、取引が頻繁に交わされる、長期に及ぶといった場合、特に強いようだ。金融サービス、コンサルティング、建設やエンジニアリング、軍事・宇宙関連、設備関連の取引などがこれに当たる。

 成約は、言わばプロポーズにすぎず、結婚生活が始まるのはその後のことだ。幸せな結婚生活を送れるか否かは、売り手が買い手とのリレーションシップをいかにマネジメントするかにかかっている。

 結婚生活が充実するかどうかで、リレーションシップは末広がりとなるか、あるいは険悪となるか、ついには離婚に至ることもある。とはいえ、大型ビルの建設や大規模な設備投資などは、プロジェクトが進行している間は離婚もままならないだろう。苦悩に満ちた結婚を続けるようなことになれば、売り手の評判に傷がつく。

 このようなトラブルを避けるには、リレーションシップ・マネジメントの必要性を初めから認識しておくとよいだろう。そのためには、ともすれば忘れがちな「時間」という要素に、とりわけ大きな注意を払うべきだ。

 需給関係をめぐる議論では一般に、時間、リレーションシップが共に置き去りにされている。あたかも人間的な要素などいっさい介在せず、需要曲線と供給曲線の交点で瞬時に取引が成立するかのように論じられる。これでは、現実を正しく映し出しているとはいえない。製品が複雑になり、買い手と売り手の依存関係が強まっているのだから、なおさらだろう。

 ノミの市ならばいざ知らず、オートメーション機器の取引では、購入者みずから製品を持ち帰って使うということは考えにくく、納品や設置、使用に関するサポート、部品の提供、修理や定期メインテナンスといったアフター・サービス、製品のアップグレード、R&Dなどをメーカーに期待するだろう。可能な限り、製品が陳腐化するのを遅らせ、ぎりぎりまで活用し、ひいては自社の競争力を維持したいと考えているからだ。

 たとえば、冷凍食品メーカーはパッケージ用の箱を頻繁に仕入れる一方、金融機関からキャッシュ・マネジメント・サービス(資金調達や財務管理)を定期的に利用する。このように継続性の高い取引では、買い手は問題なく製品やサービスを提供されることだけでなく、取引プロセス全体がスムーズであることを望む。