交渉に関する根強い誤解

「交渉をより有効に進めるにはどうすればよいか」を企業のマネジャーに教える時、筆者はあるシミュレーションを用いている。それは、2つの部門間での技術移転のケースである。交渉の中心となるのは移転価格だが、それ以外にも考慮すべき重要な論点がある。ディールの構造によって、それぞれの部門や企業全体にもたらされる利益に違いが出るのだ。

 このシミュレーションを行うと、たとえ経験豊かな経営幹部たちであっても、トータルでの価値を最大化する合意にはなかなか到達できず、そのことに筆者は繰り返し驚かされている。

 シミュレーションが終わると総括として、ディールによってそれぞれの部門に生じたおよその利益と、本来ならば実現できたはずの利益とを比較する。さまざまな論点に関して、両部門が単に妥協するだけでなく、もっと賢明な交渉をしていたならば、双方ともより多くの利益を創出できたはずだった。しかし、交渉に当たってそのように行動することはほとんどなく、実質的に企業のキャッシュをごみ箱に投げ捨て、燃やしてしまうのである。

 それはいったい、なぜなのだろうか。

 理由は主に2つある。1つ目は、多くの経営幹部が交渉は「決まった大きさのパイ」をめぐるものだと誤解していることだ。そのため、一方が利益を得ると必然的に他方は損をすることになる。2つ目は、自分たちがいかにして価値を獲得するかにだけ集中していることだ。決まった大きさのパイからできるだけたくさん取ろうとするばかりで、パイのサイズを大きくする方法を考えようとはしないのである。

 交渉における価値創造の真髄は、全員が利益を手にすることだ。この原則自体は新しいものではない。だが、筆者の見たところ、すべてのマネジメントレベルの人たちがこの原則を見失っており、早急に思い出してもらう必要がある。

 私たちはいま、政治や社会、あるいは仕事やプライベートの生活の中で、かつてないほど両極化し、しかも頑なに自分の考えを変えようとしない。以前のように相手側の視点から物事を見ようとはせず、見ることもできない。以前のようにすすんで問題解決に取り組もうとはせず、そのプロセスから得られる理解がないために、相互に利益をもたらす取引条件を見出しにくい。