交渉を成立させるには相手のことから考える

編集部(以下色文字):新浪さんはキャリアを通して、ビジネスの第一線で活躍し続けてきました。困難な交渉をいくつも経験されてきたと思いますが、印象に残っている経験について教えてください。

新浪(以下略):私がビジネスの本格的な交渉を経験したのは1984年、三菱商事の砂糖部に所属していた時のことです。

 私は当時、中国の政府系の企業に原料糖を売りにいく仕事を担当していました。中国市場がこれから大きく成長していくことは明らかだったので、世界中の貿易会社がその企業に目をつけ、足しげく通っていました。砂糖は相場物で、彼らに買ってもらえたらニューヨークとロンドンの相場が動くからです。

 私もあいさつに行ったのですが、最初はけんもほろろの応対でした。世界の相場を動かすほどの大きな仕事にもかかわらず、私のような若手が指名された理由は単純で、本当に買ってもらえるとは思われていなかったからです。「これから発展していく国だし、試しにやってみたらどうか」といった程度で、目に見える成果を期待されていたわけではありませんでした。

 そうはいっても、任された以上は何とかしたいと思うものです。しかし、正攻法では相手にすらしてもらえません。どうすれば気に入ってもらえるのかと、彼らが必要としている情報やサービスは何かを考え抜きました。

 競合は皆、砂糖の相場を分析し、その結果を伝えていました。そのため、砂糖に関する情報では差別化できません。さまざまな策を練る中で、その企業は為替の情報、特にドルの情報がほしいのではないかと予想しました。彼らの決済通貨はドルで、最終的にドルと人民元を交換する必要があったからです。砂糖のトレーダーは為替に詳しいわけでなく、自分が優位に立てる可能性も感じました。

 そこで、三菱商事の同期で、のちに経済評論家として活躍する山崎元氏にも協力してもらいながら、為替のリポートを毎週、英語で送ることにしました。ところが、まったく返事がありません。読まれていないかもしれないという考えもよぎりましたが、一生懸命送り続けていたところ、ある日突然、「船一杯分の砂糖を買いたい」と書かれたテレックスが届きました。それも、我々と独占契約で買いたい、と。嬉しかったですね。

 急いでニューヨークに連絡を入れると、米国穀物メジャーの砂糖を積んだ船の行き場がないことがわかり、無事に購入できたので、中国企業との取引が成立しました。当初は損をしてでも中国と取引を開始するのが戦略でしたから、食糧取引で大きく儲けたのは初めてのことだったのではないでしょうか。