起業家に休んでいる時間はない

編集部(以下色文字):柳井さんは、経営者の中でも屈指のハードワーカーとして知られています。それを象徴するかのように、2003年の著書[注1]の中で「起業家十戒」を提唱し、第一の戒律には「ハードワーク、一日二十四時間仕事に集中する」と書かれていました。なぜ起業家にはそれほど厳しい働き方が求められるのか。ご自身がどのような働き方をされていたかを含めて、教えてください。

柳井(以下略):起業家にハードワークが求められる理由は単純で、そうするしかないからです。長時間労働が目的というわけではなく、ヒト、モノ、カネ、情報、ありとあらゆるリソースが不足している中、その状況をカバーするためには時間を費やすしかありません。24時間仕事に集中しなければならず、休みを取る暇などないのです。起きている時間はもちろん、寝ている間すらも事業のことを考えるべきであり、そのような覚悟を起業家精神と呼ぶのではありませんか。

 私は24歳の時に父親から会社を継ぎ、若くして社長という肩書きは持っていたものの、その実態は社長兼小間使いです。しばらくは生き残るのに精一杯で、とにかく必死に働きました。店は週1回休みでしたが、定休日も店で仕事をしていたので、年間を通して休みがなかったこともあります。いま思うと、無理な働き方をしていたのは、そうでなければ生き残れないという危機感があったからです。

 危機感だけでなく、自分の商売に対する期待感もありました。私は当初、自分は商売に向いていないと考えていました。しかし、商店街の小さな服屋で、みずから手を動かし、商売の仕組みがわかるようになると、仕事が少しずつ面白くなりました。数字を表面的に眺めて評論していたのが、数字が持つ本当の意味を理解し、人のことも深く見られるようになり、経営は面白いという感覚を持ち始めてから、将来に期待するようになったのです。

 仕事以外の世界が広がっていくことで、より大きな責任感も芽生えました。なかでも、結婚して家庭を持ち、息子が2人生まれたのは重大な転機となり、彼らが独り立ちするまで支え続ける責任を負うことになりました。動機は何にせよ、リソースが限られる状況で目の前の商売を成功させようとすれば、24時間仕事に没頭するしかなく、何が仕事で、何が休みかを考える暇すらありません。

 他人に任せるという選択肢はありませんか。

 ありません。起業家の時代は、何もかも自分でやらなければ絶対に失敗します。その段階では仕事を任せられるような人材に入社してもらえないので、自分が2つも3つも役割をこなすしかありません。社長は常に会社の中心にいて、自分自身が納得できるまで手を動かし、細かく指示を出します。そのような行動が土台となって組織が生まれ、そこでようやく分業できるようになるのです。

 創業直後に組織を立ち上げ、役職や部門ごとに仕事を割り当て、最初から他人に仕事を任せる前提の人もいますが、それは大企業のやり方です。それでうまくいくのなら、経営そのものを任せたほうがよいと思いませんか。起業家が大企業のトップであるかのような経営を始めれば、会社はすぐに潰れます。

 仕事をするのは誰か。組織は仕事をしません。仕事をするのは人だけです。企業とは「この事業をやってみたい」と思う人たちが集まって興るものであり、その時点で組織づくりに関心が向いている人は必要ありません。大量の仕事を少人数でこなさなければならない状況で分業制を採用し、「自分はこの仕事しかやりません」という人が一人でもいたら回らなくなります。組織化を進め、縦割りにでもしようものなら、会社として機能しなくなるのは当然です。

 厳しい時期を乗り越え、会社が成長していく中で、よい人材が増えてきます。上場させれば信用が生まれ、さらによい人が入ってくる。そこから、人を育てて、よい会社にしようと一丸となって頑張ることで、ブランドが構築され、組織が少しずつできてきます。要するに、会社中心の経営から社会中心の経営に移行しない限り、組織はつくれないのです。

 そして、ある分野では自分よりも優秀な人が入社し、仕事を任せられるようになって初めて、休みについて考えられるようになります。その前の段階で「どのように休もうか」などと考えているのなら、私は大いに疑問を感じます。