小売企業のデジタル広告はなぜ信頼を失ったのか
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サマリー:リテールメディアネットワーク(RMN)は、広告と購買データを結びつけ、購買直前の消費者に精度の高い広告を届けられる仕組みとして急拡大してきた。しかし現在、多くのRMNで費用の高騰、透明性不足、成果の不一致といった問題が表面化し、サプライヤーの不満が高まっている。本稿では、こうした停滞の背景にある小売企業とサプライヤーの関係性の歪みを明らかにし、RMNが本来の価値を発揮するための条件を探る。

広告プラットフォームにつのる不満

 あなたはネットで「歯みがき粉」を検索をしたとする。その後、小売店のアプリを閲覧したり、メールをチェックしたりした時、歯みがき粉の広告が表示されるようになる。やがてあなたは小売店のサイトを再訪して、歯みがき粉を購入する。その小売業者は、あなたが何を閲覧し、何を購入し、購入手続き前にどの広告を見たかを把握している。それは、最初の検索や、広告との接触、そして最終的な購入を結びつける。このインサイトはパッケージ化され、歯みがき粉のサプライヤーに販売される。これがリテールメディアの仕組みだ。

 このモデルは、リテールメディアネットワーク(RMN)と呼ばれ、サプライヤーが消費者にリーチする方法を変えている。RMNは広告と取引データを組み合わせて、購入時にパーソナライズされたメッセージや測定可能なデータを提供する。これは正確かつ利益をもたらす有望な情報のはずだ。サプライヤーは売上げを伸ばし、小売業者は利益率の高い広告収入を確保し、消費者はカスタマイズされたショッピング体験を得られる。まさに三方よしだ。

 ところが業界全体で、多くのRMNが行き詰まり始めている。サプライヤーは不満を募らせている。いまでは、RMNを、自ら選択して投資する戦略ではなく、やむを得ず支払う手数料だと表現するサプライヤーもいる。料金は高く、透明性が不十分で、結果には一貫性がなく、我慢の限界だというのだ。いったい何が問題だったのか。

調査

 この問いに対する答えを探るため、筆者らはリテールメディアのエコシステムに属するエグゼクティブ28人から聞き取り調査を行った。拠点は北米、欧州、アジアの各地域にわたり、職層や企業タイプ、規模も多様であった。半数はリテールメディアのプロバイダーで、残り半数はそのサービスのユーザーである。本調査に参加した企業の年間売上高は合計で1兆1000億ドルを超える。

 インタビューは主にテレビ会議で、1人につき60~90分行われた。エグゼクティブのコメントとインサイトを分類して、さまざまなRMN体験に共通するパターンを探った。その過程で一貫したテーマが浮かび上がった段階で、追加インタビューを実施し、筆者らの知見を共有するとともに、その解釈が正確であることを確認した。

 そこで明らかになったのは、RMNの中にはサプライヤーとの協働のあり方によって成功しているものがあるという点である。一方で、リテールメディアをパートナーではなく利益を引き上げるための手段として扱うために、行き詰まっているRMNもある。実際、問題は技術でも戦略でもなく、関係性にある。小売業者とサプライヤーの力関係は、新たなインセンティブや期待の不一致、信頼の欠如により試練にさらされている。

 しかし、すべてのRMNが行き詰まっているわけではない。なかにはマージンを取り立てるだけでなく、サプライヤーにとって本当の価値を創出することで前進しているRMNもある。その方法を5つ紹介しよう。

買い手と売り手の立場が逆転したいま、新たなプレーブックが必要となっている

 リテールメディアは、小売業者とサプライヤーの基本的な関係を変える。伝統的なモデルでは、小売業者がサプライヤーから商品を調達する。リテールメディア・モデルでは、サプライヤーが買い手になる。小売業者が提供する広告サービスを購入するのだ。このシフトは、両者間の力関係やコミュニケーション、そしてコラボレーションにも大きな影響を与える。

 先駆的な小売業者は、この役割の逆転を認識しており、専任のメディア販売チームを設置し、セルフサービス広告ポータルを提案し、定期的なパフォーマンスレポートを提供する。業界関係者によれば、先駆的な小売業者はサプライヤーを広告主のように扱っているという。また、メディア企業のようにサポート体制をつくり、マーケティング担当者向けにキャンペーン立案ツールやレポートダッシュボードを提供しているという。