共感をブランド戦略に組み込み、顧客関係を強化する方法
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サマリー:多くの企業は、顧客が本当に求めている「共感」を十分に提供できておらず、その結果、顧客のロイヤルティを失い、成長機会を逃している。顧客は、企業が感情を理解し、適切に対応することを求めているのだ。共感は生まれつきの資質ではなく、意図的に育成し、拡張し、測定できる能力である。本稿では、共感をブランド戦略に組み込み、顧客関係を強化するための具体的なアプローチを紹介する。

顧客は共感を求めている

 かつて共感は、仕事の世界ではあまりにソフトで弱々しいと考えられていた。しかし、長年の研究によってその神話を打ち砕かれた。共感には3つの要素がある。他者の経験を共有すること、他者の世界観を理解しようとすること、そして他者のウェルビーイングを気遣うことだ。共感を示すと、より深く、より豊かな関係を築ける。それを受け取った人は、信頼や士気、幸福感が高まる。

 これは職場でも同じだ。共感力のあるリーダーは、従業員の熱意と忠誠心を高めることができる。従業員は気分がよく(より高い幸福感、再起力、ウェルビーイングを感じ)、よりよく仕事ができる(より効率的なコラボレーションと、より生産的な仕事ができる)。企業文化にデータ主導のアプローチを取りたい企業は、リーダーが共感を示し、従業員がそれを受け止めるようにすべきだ。

 だが、顧客はどうか。チューリッヒ保険グループが後援した最近のグローバル調査で、筆者らは11カ国の約1万2000人を対象に調査を行った。その結果、顧客の大多数は、自分が関わる企業から共感を得たいと考えていること、しかしほとんどの企業はそれに応えられていないことがわかった。

 ここでいう共感とは、企業とそれを代表する人たちが、顧客の感情状態(とりわけ脆弱な状況にある時)を理解し、対応しようと誠実に努力していると感じられることを意味する。保険の顧客の場合、代理人が保険金の請求を処理するだけでなく、顧客が困難を経験していることを認めたり、会社がその後の様子を気にかけて連絡してきたりすることを意味するかもしれない。それは顧客の視点で状況を見て、その気づきを、思いやりのある対応措置に変える能力だ。

 筆者らの調査では、この種の経験は消費者が最も希望することのひとつだ。ブランドの選択に影響を与える要因として、企業が顧客とのやり取りで共感を示す能力と答えた人は79%と、オンラインレビュー(73%)や友人や家族からの薦め(64%)を上回った。また、顧客とのやり取りで共感を示すブランドには、もっと高い料金を支払う意欲があると答えた人は61%に上った。

 だが、こうした顧客の希望は満たされていない。調査対象者の78%が、企業が顧客に純粋な思いやりを示すことはないと考えており、40%以上が共感力がないことを理由にそのブランドとの取引をやめたと答えている。この満たされない思いは、AIが顧客対応に浸透するにつれて大きくなるだろう。回答者の70%以上が、チャットボットが純粋な共感を示す能力に疑問を持ち、60%以上がAIが顧客対応を破壊していることを懸念している。「私たちはお客様の電話を大切に考えています」といったフレーズは、空々しく聞こえる。アルゴリズムによって表示される文章ではなおさらだ。

 この共感のギャップは問題であると同時に、市場の非効率性を示してもいる。顧客はブランドから共感をもって扱われていると感じると、そのブランドに忠誠心を保ち、他者に薦める可能性が高まる。それは、決定的に重要なことに、チャンスを示している。顧客の共感に投資する企業は大きな競争優位を勝ち取れるのだ。

 筆者らの研究と経験に基づき、そのチャンスを最大限に活かす方法を紹介しよう。

共感をインフラに変える

 トビー・コスグローブは2000年代初め、世界でも指折りの病院であるクリーブランド・クリニックのCEOだった。ある時、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で講演をしたところ、ある学生が手を挙げた。彼女は父親が心臓の手術が必要だとわかり、2人で選択肢を調べていたという。「私たちはクリーブランド・クリニックと、そこでの素晴らしい治療成績を知っていました」と、彼女はコスグローブに言った。「でも、共感力がないと聞き、行かないことに決めました」

 コスグローブは大きな衝撃を受けた。クリーブランドは医療面において卓越した技術を持つことに重点を置いてきた一方で、患者の体験には十分に目を向けてこなかったと気づいた。利用者は自分が気にかけてもらっていると感じられず、病院を去っていった。それを変えるためには、共感を贅沢品のような位置づけから、緊急の優先課題へと変える必要があった。

 そこでコスグローブは患者エクスペリエンス室を設置し、病院初の最高エクスペリエンス責任者を任命した。新しいチームは、患者の痛みについてより深く理解するための聞き取りキャンペーンを実施し、患者によりよいサービスを提供すべくケアを再構築した。クリーブランド・クリニックは、従来の部門別構成(心臓病科、外科など)から、包括的なケアを提供する複数のセンターへと再編された。これには、HBSで質問をした学生の父親のためになれたかもしれない心臓血管研究所も含まれていた。かつて患者は、建物から建物へと移動しなければならなかったが、いまは一つの場所で必要なケアをすべて受けられるようになった。患者エクスペリエンス室は、患者からより多くのいフィードバックを求めたり、その内容を臨床医と話し合ったり、患者満足度のデータを定期的にオンラインに公開するようになった。診察を待つ期間が長いという声が届くと、一部サービスには当日予約を導入した。

 顧客が共感をリアルに感じられるようにするためには、組織は口先だけで対処するのではなく、共感をインフラの一部にする必要がある。その第一歩は質の高いデータ収集だ。単に顧客満足度を尋ねるのではなく、さらに深く探ることができる。たとえば、デザイン思考の世界で「ジャーニーマッピング」と呼ばれる手法がある。これは、顧客が製品やブランドと接するインタラクションポイントや、その過程で生じる問題、そして改善の機会を洗い出し、可視化する作業が含まれる。そのうえで、企業は製品やサービス、あるいは問題へのサポート体制に具体的な変更を加えることができる。何より重要なのは、こうした取り組みをトップが推進することだ。リーダーは、共感が強固な顧客関係を築くうえで決定的に重要なミッションであることを認識しなければならない。

スキル向上に投資する

 コスグローブはクリーブランド・クリニックで、人材のあり方も再構築した。職務を問わず、4万3000人の従業員全員がケアの提供者と位置づけられ、「共感ブートキャンプ」に参加して、患者エクスペリエンスを深く学んだ。その効果は非常に大きかった。クリーブランドの患者満足度は、それまで中位にランキングされていたが、数年で上位10%に急上昇した。予想外の副産物もあった。従業員が自分の仕事の深い価値をより明確に認識できるようになった結果、従業員エンゲージメントと満足度も急上昇したのだ。

 筆者の一人であるザキの研究室は、世の中の約半数の人は共感を固定的な特性だと考えており、そのような人々は他者の感情を理解することに時間やエネルギーを投じる意欲が低いことを発見した。同じことが顧客にもいえる。ザキらのグローバル調査では、45%の顧客が、共感を教えることはできないと考えていた。

 ところが、データは正反対のことを示している。現在では数十件の研究により、共感は適切な習慣をつければ学習し、育てられるスキルであることが明らかになっている。ザキは自身の科学的研究を基盤に、「共感ジム」を先駆的に立ち上げた。データに基づく手法を用いてこれらの習慣を学び、組織がより健全で、より生産性を高めるのを助けている。たとえば、マネジャーに共感を教えると、彼らのネット・プロモーター・スコア(NPS)や、直属部下のエンゲージメントが向上することがわかった。

 本調査のスポンサーであるチューリッヒ保険グループは2年にわたり、従業員の顧客に対する共感力を高めるために体系的に取り組んできた。共感の価値や、その柔軟性、そして従業員が顧客の危機対応時に使えるツールに焦点を絞った研修を設計した。2日間の没入型体験では、従業員が実際のシナリオに基づいたロールプレーに参加し、行動上の手掛かりに気づき、それに応じて対応の方法を調整する方法を学ぶ。

 これまでのところ、チューリッヒの全世界の従業員のほぼ4分の1が、約4万6000時間に及ぶ総研修を通じて共感スキルを高めている。こうした取り組みは他の施策と相まって顕著な効果を生み、顧客NPSを7ポイント上昇させ、ブランド支持やロイヤルティに関する回答も大きく向上した。チューリッヒの成功は、どのような組織でも実行可能であることを示す実証例だ。また、重要な点を明確に示している。すなわち、共感は組織内外の双方において強力な投資収益をもたらすということだ。

AIの効率性と人間的な場面を組み合わせる

 チャットボットは顧客の経験をより効率的にできる。たとえば、顧客を長時間待たせるのではなく、顧客が必要とする情報を数秒で収集・共有する。だが、顧客が重要な決断を迫られたり、強い感情を表現したりする時は、もはやテクノロジーでは不十分だ。このような場面では人間のつながりが必要になる。

 賢明な企業は、大規模言語モデル(LLM)がそのような場面を検知して、共感的な交流の訓練を受けた従業員に会話を引き継ぐよう「招待」するカスタマージャーニーを構築できる。たとえば、ボーダフォン・グループは、AIアシスタント「トビー」(TOBi)を使って顧客からの日常的な問い合わせを処理し、問題が複雑または感情的に難しくなった時は、訓練を受けた人間の担当者にシームレスに会話を引き継ぐ。これにより、顧客が最も必要とする時に期待に応えることができる。

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 過去10年間の顧客関係において重要だったのがデジタル利便性を極めることだったとすれば、次の10年間は大規模な人間同士のつながりを取り戻すことが重要になるだろう。共感をオペレーションのDNAに組み込めば、企業は再起力のある顧客関係を築き、持続可能な成長を牽引し、究極的には人間中心の市場で勝利を収めることができるだろう。


"Customers Expect Empathy. Here's How to Deliver It.," HBR.org, November 17, 2025.