ルールで動く組織から原理原則で動く組織へ

編集部(以下色文字):木下さんは、P&Gジャパン、GEジャパン、メルカリを経て、2024年にパナソニック ホールディングスのグループCHRO(最高人事責任者)に就任しました。パナソニックグループが人事のトップに外部人材を据えた例はなく、移籍のニュースは話題を呼びましたが、そのような決断に至った経緯を教えてください。

木下(以下略):私は外資系企業の人事として20年以上働き、いつかは日本企業の役に立ちたいという気持ちが強くなり始めていた頃、日本のユニコーン企業として急成長を遂げていたメルカリにご縁をいただきました。

 そして、メルカリのCHROに就任してから5年以上が経ち、次の挑戦を模索すべきタイミングを迎え、よりスケール感のある組織の力になれないかと思い始めた時、P&Gの先輩である玉置肇(現パナソニック ホールディングス グループCTRO〈最高トランスフォーメーション責任者〉)が「HRの責任者をやってみないか」と声をかけてくれました。まさかパナソニック ホールディングスが外部からHRの責任者を採用するとは思わず、それには素直に驚きました。

 その後、グループCEOの楠見雄規と話をする機会があり、その中で「会社を変えたい」という本気の覚悟が伝わりました。楠見から「パナソニックグループはとても大きな可能性を秘めているが、ポテンシャルを活かしきれていない。潜在能力を解き放つために、組織、事業、人材など、あらゆる観点から改革を進めたい」と言われ、その挑戦に大きなやりがいを感じ、働くことを決めました。

 楠見さんからは「ルールベースの組織をプリンシプルベースの組織に変えてほしい」という要請があったそうですね。ルールベースは理解できるのですが、プリンシプルベースとはどのような意味ですか。

 プリンシプルとは原理原則です。そして、パナソニックグループにとっての原理原則は何かといえば、それは創業者・松下幸之助の精神を受け継ぐ「経営基本方針」です。

 組織運営では創業の精神が大切とよくいわれますが、社員がそれを心から信じられているかどうかが重要です。やらされ感があったり、額に飾るだけで誰も信じていなかったりする組織もある中、パナソニックグループの人たちは心の底から経営基本方針の価値を信じて、それが自分たちの強みだと思えています。話としては聞いていましたが、それはこの会社に来て驚いたことの一つです。

 精神性は深く理解されていても、行動には落とし込めていなかったということですか。

 創業の精神というプリンシプルは、現場のレベルでは日常的に意識され、日々の仕事に活かされていました。一方で、時代の変化を踏まえて、それを組織マネジメントや人材マネジメントという形で具体的にどう体現するかは課題とされていました。

 たとえば、創業者は「最高の経営は衆知による経営である」という言葉を残し、一人ひとりの知恵を結集した全員経営のことを「衆知経営」と呼びました。衆知経営では、職位の上下に関係なく課題を共有し、あるべき姿や方針について対話を行い、意思決定することになるので、その実践はまさしくプリンシプルベースの組織運営です。

 衆知経営の精神は隅々まで根づいていましたが、その時々にさまざまな手を打つ中で、組織の階層化が進み、意思決定のルールが増え、上意下達になっていきました。ルールベースの組織をつくり、情報の上げ方や決裁の段取りまで事前に決めておいたほうが物事を進めやすく、効率が上がる側面もあります。しかし、現状はそのやり方にがんじがらめで、むしろやりにくくなっています。経営陣もその状態をよしとは思っていませんでしたが、なかなか変えられなかったようです。

 私たちがいま組織全体で実現しようとしているのは、原点回帰です。組織として理念や哲学を持っていることは間違いありません。「衆知経営に戻りましょう」と言えば、誰もがその意図を理解することができます。では、現代にそれをどう体現するか。創業の精神というコアの部分を変えずに、原理原則で動く組織に戻るために、現代風に手法のアップデートをかけている最中です。

 木下さんはこれまで「人事の仕事は制度2割、運用8割」と、人事が制度の制定そのものを目的化したり、運用の取り締まりに注力したりする問題を指摘してきました。そこには楠見さんと共通の問題意識を感じます。

 制度は本来、社員が仕事をやりやすくするために制定するものです。しかし、細かな運用ルールを設けて、社員の行動を一律に制限するケースが増えているように思います。制度の存在が逆効果を生んでいるとすれば、それが生まれる前の原理原則に立ち返り、制度を見直す、あるいは制度そのものをなくす必要があります。また、制度をつくること以上に、どのように運用していくかが大切です。

 私はP&G時代に、組織を挙げてルールベースからプリンシプルベースに変更するための取り組みに関わりました。P&Gでは、企業目的、価値観、行動原則などのプリンシプルが大切にされてきましたが、社員を信頼して性善説で進めるなら、細かなルールを設けるべきでない、という判断が下されたのです。ただし、監査やモニタリングをしっかり行い、不適切な行為があれば厳しく罰せられます。

 出張規定を例に挙げると、以前は宿泊費の上限のように細かなルールがありましたが、宿泊先の選び方は状況によって変わりますし、周辺で大規模なカンファレンスなどが開催されれば宿泊費は上がります。そこで、「その支出は会社に対して明確な価値を生み出しているか」「自分の財布だとしても同じようにお金を使うか」といった原則のみを定め、一人ひとりの柔軟な判断に委ねて、自己の利益や贅沢が目的ではないと説明責任を果たせるのなら問題ないという原則ベースの運用方針を策定し、グローバルで導入しました。

 GEでは、組織として重要視する原則としてリーダーシップバリューがあり、新しいものを生み出すために物事をどんどん変えていける力が問われ、それを実践するリーダーが評価されます。社会や事業の変化に応じて、ルールそのものを積極的に見直していける力が求められました。なお、P&GもGEもルールで細かく縛らない代わりに、コンプライアンスやインテグリティには厳格で、一度でも違反すればワンストライク・アウトで退場させられるのは共通です。

 メルカリの場合はどうでしたか。

 メルカリはスタートアップといった特性から、社員が思いきった挑戦ができるように「Go Bold」(大胆にやろう)というバリューを掲げ、ルールを最小限にする組織づくりを意識していました。スタートアップにとってのルールはガードレールです。アクセルを踏みたいのはわかるけれど、「ここを超えてはいけない」というラインは意識しなければなりません。ガードレールが明確だからこそ、アクセルを全力で踏むことができます。

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過去にとらわれず、未来から逆算して必要な判断を下せるか

 楠見さんが目指すように、パナソニックグループがルールベースの組織から脱却するうえで、どのような課題がありましたか。

 私はパナソニック ホールディングスに入社してから約半年の間で、経営陣52人と1on1を行い、組織としてどのような課題を抱えているかを尋ねました。さまざまな声が上がりましたが、経営陣の共通した意見の一つに「パナソニックグループは引き算が苦手で、既存のルールを残したまま新たなルールを積み上げている」というものがありました。失敗を恐れるあまり、前例にとらわれ、過去につくったルールに縛られていたのです。

 不要なルールが存在するだけでなく、無条件にルールに従おうという意識が強く、意思決定も遅くなりがちでした。前例がないことは躊躇され、ルールを超えて何かやろうとすると大きなエネルギーが必要になる。細分化した制度に合わせるように、組織の縦割りが進み、内部調整の負担が増え続けたからです。しかし、調整ばかりに時間を割くのは、創業者が大切にしてきた「お客様大事」の精神とは異なります。

 重要なのは、未来から逆算することです。過去の延長線で考えると、どうしても「いまあるルールをどうすればよいか」という話になってしまいますが、創業の原点に立ち返り、自分たちが到達したい未来から逆算して、不要なルールは撤廃するという判断を下していく必要があります。現在はプリンシプルベースの実現に向けて、体系的な取り組みを進めている最中です。

 前パナソニック コネクトCEOの樋口泰行(ひぐち・やすゆき)さんに話を伺った時、「パナソニックという会社は引き算が苦手」と言われましたが[注]、木下さんも同様の認識を持ちましたか。

 私だけでなく、経営陣のレベルでも、あるいは社員のレベルでも、その点は強く感じているところではないでしょうか。私たちが真剣に向き合うべき課題であり、足し算ばかりの考え方は見直す必要があると思います。

 社員をルールで縛る経営から、どうすれば脱却できるのでしょうか。

 パナソニックグループの規模では、トップダウンだけでこの課題を解決することは難しいと思います。その意味で、2022年にカンパニー制から事業会社制(持株会社制)へ転換したのは大きな一歩でした。事業会社が一定の権限を持って目の前の事業と向き合い、主体的に判断できるようになったことで、硬直化していた状況が改善し、既存のルールを見直したり、不要なルールを廃止したりするきっかけとなりました。

 ただし、制度のアップデートは進んだ一方、失敗を恐れる減点主義の傾向は続き、新しいことへの挑戦はためらう様子が見られました。また、意思決定において上意下達が強い文化が残っているという話も聞きました。

 創業者は「物をつくる前に人をつくる」という考えの下、人を育て、人を活かす経営を進めてきました。それは、ルールで人を管理するのではなく、一人ひとりの主体性や可能性を引き出し、それにより事業の成果を生み出す経営を意味します。現状は、その精神が十分には体現されていない状態ともいえ、事業の特性や組織課題に応じて制度の運用を工夫し、組織カルチャーに顕著なインパクトを与えることが、とても重要だと考えました。

 経営陣のレベルで組織の課題を的確に認識できていたにもかかわらず、なぜ変えられなかったのですか。

 パナソニックグループに限らず、多くの日本企業がそうだと思いますが、規模が大きく、長い歴史を持つ組織では、何か一つを変えることの影響が多岐にわたり、変化を起こすまでに時間もかかります。組織はただでさえ複雑系であることに加え、増築を繰り返して大きくなったようなところもあり、なおさらでした。これは伝統企業の宿命だと思います。

 転換をもたらす大きなきっかけとなったのは、社外取締役の存在です。資本市場をはじめ、パナソニックグループが世の中でどのように見られているかという観点に立ち、事業や組織の課題を先送りにすることなく正面から向き合わなければ、外部の資本が入り、自分たちでコントロールできなくなる可能性まで指摘されました。そのような厳しい指摘をいただいたことで、執行側の背中が強く押され、抜本的な経営改革に取り組むべきだという覚悟が決まったのは大きいと思います。

 最終的には、事業整理や人員適正化など、大規模な経営改革に踏みきりました。

 相当厳しい決断を下すことになりましたが、それは取締役会が機能していることの証明だと思います。実際、執行側の提案に対して「もっと抜本的な変革案を期待する」などの厳しい意見を含め、取締役会ではかなり熱量の高い議論が交わされています。議案の差し戻しも一度ではありません。背中を押されるように、執行側も未来から逆算した意思決定を下し、前進できていると思います。

 パナソニックグループの幹部育成の仕組みについて、木下さんは「同質的なリーダーを育てやすい」という課題を指摘していましたが、どこに問題があると思いましたか。

 幹部育成は創業者の時代から重要とされ、グループとして幹部人材を見出す仕組みは確立されていました。具体的には、30代から幹部候補を見出し、海外駐在やM&A、未経験領域の事業責任者などの修羅場を経験させ、急成長を促します。その仕組みは現在も受け継がれ、計画的な人員配置を行っています。

 それ自体は素晴らしいものですが、現状に照らして見直すと、多様性の不足という課題が浮かび上がりました。候補者を精査したところ、女性は少数でした。事業をグローバルに伸ばしたい中、外国籍の社員もほとんどいません。既存の事業や組織を牽引する仕組みとしては機能していますが、未来から逆算し、5年後、10年後にどのような人材に活躍してほしいかを考えた時、日本国籍を持つ男性ばかりということにはなりません。

 また、幹部人材の候補者に十分な成長機会が与えられているかといえば、そこにも課題は残ると感じました。現経営陣は40代半ばで経営層の一員となるなど、比較的早い段階で責任ある役割を任されていましたが、その年齢は徐々に上がっています。多様な幹部人材の登用を促すためには、さまざまなバックグラウンドを持つ人材に早期から責任ある役割を任せ、成長を促す機会を意図的につくり出す必要があると考え、実際にそのような取り組みを進めています。

 今後の事業戦略を踏まえると、外部からの戦略的な人材獲得も欠かせません。デジタルやAI関連の人材はわかりやすい例ですが、未来の事業に不可欠でも人材が不足している領域では、社内での育成と並行して社外からも人材を獲得し、内外の知見が融合する組織をつくることが重要だと考えています。

 未来から逆算するためには、未来を描ける人たちが必要です。現経営陣にはそれができていると思いますか。

 その点は、ここ数年で最も大きく前進したことの一つだと思います。事業会社制に舵を切って以降、各社が主体的にビジョンと成長戦略を描き、実行する体制へと変化しました。それをさらに進化させた内容として、2026年5月のグループ成長戦略に関する説明会でご提示した、永続的な企業価値向上を実現するために、事業CEOと機能系の取締役が双方の強みを活かし、未来志向で率直な議論や対話を重ねながら戦略を構築していきます。

組織文化を変革し、一人ひとりの挑戦を促す

 木下さんはパナソニックグループの課題として、「働きやすさ」は高く評価されている一方、「働きがい」を感じられにくい点を指摘してきました。組織の安定感があり、福利厚生などが充実している日本の伝統的大企業は同様の状況に陥りやすいと思いますが、その課題をどのように把握したのですか。

 パナソニックグループでは毎年、「従業員意識調査」というエンゲージメント調査をグローバルに実施し、社員の状態を把握してきました。総スコアはおおむね右肩上がりで、それは素晴らしい成果です。ただし、一般的には総スコアの向上が業績に連動するといわれる中、そうなってはいませんでした。

 詳細を分析したところ、「当社で働く誇り」や「継続して勤務する意向」といった設問のスコアは非常に高い一方、「会社や上司により挑戦意欲が高まる」「挑戦への阻害要因がない」という設問のスコアはとても低かったのです。前者は「働きやすさ」に該当し、愛社精神も強いので、このスコアが高いことは大きな強みです。しかし、伸び代は「働きがい」のほうにあるため、強みは活かしながら、社員の潜在能力をどう引き出すかという課題と真剣に向き合う必要がありました。

 働きがいを高めるために何が必要でしたか。

 組織カルチャーの変革です。エンゲージメントを向上させるには、社員が気持ちよく働くための施策を行えばよいと誤解されることもありますが、本質ではありません。自分の仕事が事業の成果に結びつき、よりよい社会の実現に貢献できている時、働きがいを感じられるはずです。そして、私たちが目指す未来の実現に向けて、事業の成果を最大化するために何をすべきかと逆算した結果、組織カルチャー変革が必要だと考えました。

 組織カルチャーは一人ひとりの行動の集大成であり、意図的にデザインすることができます。そこでは体系的な設計が求められますが、実際は「従業員エンゲージメントスコアが低いので1on1を実施しよう」「給与に不満があるから評価の仕組みを見直そう」など、単一の制度を通して解決しようとすることが少なくありません。しかし、制度は組織カルチャーを構成する要素の一つにすぎず、事業の成果を最大化するためにどのような行動変容が必要かを検討したうえで、全体感を持ってデザインする必要があります。

 そこで、私たちは組織開発のフレームワークを活用し、経営会議のメンバーや各事業会社のCEO、人事メンバーとともに議論を重ねて、組織カルチャーのありたい姿を「組織デザイン:6つの原則」としてまとめました。「評価・報酬」「意思決定」「情報共有・学びのプロセス」「採用・トレーニング・リーダーの選抜」「仕事デザイン」「組織構造・配置」という6つの要素で構成され、これらが相互に連動することで機能します。

 事業の成果は事業戦略の実行を担う一人ひとりの行動で変わります。優れた戦略を立てて実行しても、成果に結びつくとは限らないので、事業の成果につながる行動が促されるよう、組織カルチャーをデザインし、社員に体系的な働きかけを行う必要があります(図表「組織カルチャーをデザインするためのフレームワーク」を参照)。

 組織文化の変革は難しく、時間もかかります。どこから手をつけたのですか。

 従業員意識調査のスコアをすべて伸ばそうとすれば総花的になり、変革が進みません。そこで、誰もが「会社が変わった」と思えるよう「働きがい」に焦点を絞りました。

 具体的には、従業員意識調査の中で重点的な課題とした「会社や上司により挑戦意欲が高まる」と「挑戦への阻害要因がない」の2つの項目に着目し、それらのスコアの改善に注力した施策を打つことにしました。そして、成果をモニタリングするために、両方の項目に肯定的な回答を示した割合を「UNLOCK(アンロック)指標」と設定しました。

 創業者が「仕事に夢中になる。働きがいを感じ、働くことが楽しくてたまらない」環境を提供することが社員への最上の贈り物であると語ったように、組織として重視すべきは、挑戦を促す環境をつくることと、挑戦への阻害要因を取り除くことです。新しいことに挑戦しようとした時、上司から背中を押してもらえるか。また、組織の中に挑戦を阻害するものはないか。たとえば、直属の上司に「新しいことに挑戦したいので、10の仕事のうち2つか3つはやめたい」と相談し、「全部やりながらであれば、新しいことに挑戦してもよい」と言われたら、それは「やるな」と言われているのと一緒です。

 両方の項目にイエスと答えた人は、ポテンシャルを最大限発揮でき、働きがいを感じやすいといえます。重要なのは、どちらの設問のスコアも、会社側が意思を持てば変えられるということです。現状では、グローバルで40%台、日本では30%台に留まりますが、2028年に60%、2031年には70%以上に到達することを目標としています。そこまで行けば、成長戦略の実行力が増し、事業の成果につながると考えています。

 明確な指標を定めて、その結果を客観的に評価するのは重要なポイントですね。

 そうですね。さらに言えば、従業員意識調査の分析を行い、UNLOCK指標の2つの項目と相関関係があり、かつ「組織デザイン:6つの原則」と密接に関わる5つの設問についてもモニタリングしています。

 たとえば、「評価・報酬」と関連する設問に「リスクを取ったチャレンジが評価されている」がありますが、このスコアは残念ながら低く、改善の余地がありました。そのための施策の一つとして、現在では成果評価に加え、行動評価の採用が進んでいます。成果を挙げることは重要ですが、挑戦には失敗が付き物です。その時、「主体性を持って挑戦しようとする行動自体をプラスに見ています」という会社の姿勢を伝えられれば、安心して挑めるようになります。

 ただ、繰り返しになりますが、最終的には社員の行動変容が重要です。行動を評価する制度があっても、そこに運用が伴わなければ、行動を実際に変えることはできず、組織カルチャーの変革は実現できません。

 組織文化の変革は人事が主導するのですか。

 いえ、各事業を率いるリーダーです。100の組織があれば、100の組織デザインがあります。事業の成果を最大化するために、どのような組織カルチャーが必要なのか。リーダーがメンバーと対話し、主体的に組織を設計し、変革を進める。その中での人事の役割は、経営企画などと協力しながら、リーダーが主導する変革を加速させることです。

 一人ひとりの自由な挑戦を促す組織文化を構築できれば、環境への適応力が高まり、より変化に強い組織が構築されそうです。

 まさに、そこは狙いの一つです。事業環境が変われば、事業戦略も変わります。そして、新たな戦略を実行するために行動変容を促し、組織カルチャーを変えなければ、事業の成果を最大化することはできません。組織カルチャー変革のフレームワークは、環境の変化に適応し続けるためのアプローチです。

人や技術を活かすために組織のOSを更新する

 木下さんは「パナソニックが変われば、日本が変わる」というメッセージを打ち出してきました。その意図を教えてください。

 パナソニックグループがいま直面している課題は、多くの日本企業が抱えている課題だと思います。日本経済の成長をもたらした成功体験がしがらみとなり、むしろ成長を妨げているようなケースは少なくありません。

 組織カルチャーとは組織のOS(オペレーティングシステム)です。日本の伝統企業に必要なのは、組織のOSをアップデートすることではないでしょうか。日本企業の人材の質は高く、高い技術力を持ち、それ以外にも素晴らしいリソースを持っています。そのよさを否定する必要はありません。また、企業理念のようなコアを変える必要もありません。

 ただし、それらの優れたハードウェアを動かすために、組織のOSの更新が必要です。言い換えると、OSを更新できさえすれば、リソースを最大限に活かすことができると思います。組織のOSが古いままで、ポテンシャルを十分に発揮できていないという課題を乗り越えた例を示すことで、日本全体のお役に立てるのではないかと考えました。

 組織のOSの更新という観点では、事業会社の一つであるパナソニック内で、事業部門の判断で課長ポストを立候補制で募る施策を打ち、実際に入れ替えたことは話題を呼びました。IHクッキングヒーターを扱う事業部門では3分の1が入れ替わったそうですね。

 その話を聞いた時、そこまでの規模でやるのかと驚きましたが、より重要なのは、そのような決断に至るまでの過程だと思います。

 大胆な施策を打つこと自体が目的ではなく、事業責任者が主体的に動き、「自分たちはどのような事業を実現したいのか」「そのために顧客とどう向き合うべきか」と現場のリーダーたちと検討を重ねた結果、課長職のポストをすべてポストオフしたうえで、立候補を募って総選抜する施策を実施し、新たな体制を構築しました。それだけでなく、縦割り組織を解消したり、組織をまたがる課題を毎日即断即決するミニ経営会議を開催したりするなど、全体感を持ちながら組織カルチャーを体系的に変革する施策を推進しました。

 もちろん、新たな体制でチャンスを得る人もいれば、ポストを降りる人もいます。そこで、ポストオフした人たちの状況を確認したら、異なる立場でそれまで以上に活躍してくれる人がいました。課長ポストから外れたことで、自分の知見や技術を若い人たちに伝える活動に注力したいという人もいたそうです。品質管理のスペシャリストとして、品質基準の向上に主体的に向き合いたい人などもいて、組織が明らかに活性化しました。

 現場主導と並行して、人事主導で働きかけるような取り組みはありますか。

 積極的な支援策の一環として、たとえば年に2回、グループ横断的に「HR UNLOCK AWARD」を開催しています。人事の社員の判断で自由にエントリーしてもらい、人や組織のポテンシャルの解放につながるような施策を表彰するための仕組みです。組織デザインにおける「評価・報酬」は金銭的なものに限らず、非金銭的報酬としてほめる文化の醸成も重要です。創業者は叱る時は叱り、ほめる時はほめることを大切にしていたので、その精神を受け継ぎました。

 このアワードは単に優れた取り組みを表彰するだけでなく、社員同士が好事例を知る機会にもなります。最終的には、内発的動機から来る行動でなければ長続きせず、組織カルチャーの変革につながりません。社員が互いに刺激を受けることで、自然と横展開が進むことも期待しています。

 行動変容を促すだけでなく、人事も主体的な変化を起こしにいくということですね。

 私たちは組織カルチャー変革と並行して、「未来を創る変革リーダーの開発・登用」をグループの重要な人事アジェンダとして設定しています。AIの時代には、IQに加えてEQを備えた人材が求められるので、社員のアンロックを進めた先に、熱量の高い燃える集団をつくるという目標を掲げています。

 リーダー育成では、個人を抜擢するだけでなく、リーダー同士が切磋琢磨することが求められます。実は、パナソニックグループでは私が来るもっと以前から、積極的に研修を行い、座学に加え、互いに議論し、取り組みを共有し、アドバイスし合うピアコーチングを大切にしてきました。ハーバード大学教育学大学院のロバート・キーガン教授によれば、リーダーが成長するうえで弱さの開示が重要とされるように、自分の足りないところを明らかにして、積極的にアドバイスやフィードバックを受け、リーダー同士が高め合う機会なども設けています。

 パナソニックグループの社員の中には、よりよい社会の実現に貢献したいと真剣に思っている人がたくさんいます。ただ、現状ではさまざまな阻害要因があるのでブレーキがかかり、そのポテンシャルを発揮しきれていません。そこは本当にもったいないと感じています。マーケティングで有名なキャズム理論は組織カルチャー変革にも当てはまり、現在はイノベーターとアーリーアダプターが挑戦し、成果を挙げている最中ですが、ここの層が広がり、アーリーマジョリティが続けば大きな変化が生まれるはずです。

 個別の事業ではすでに、変化の兆しが表れ始めています。その兆しをグループ全体に広げていくことで、事業と組織の成長をもたらし、我々の使命である「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現を目指していきます。

【注】
樋口泰行(ひぐち・やすゆき)「健全な組織文化が人を惹きつけ、企業の競争力を高める」DHBR2023年12月号。

(C)2026 Diamond, Inc.

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木下 達夫(きのした・たつお)
1996年、慶應義塾大学卒業後、P&Gジャパンに入社し、採用・HRBPを経験。2001年より、日本GEにて金融部門人事部長、アジア組織人材開発責任者、GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域組織人材開発責任者、事業部人事責任者を務める。2018年、メルカリの執行役員CHROに就任。2024年、パナソニック ホールディングスに入社し、現在に至る。