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力を持つビジョンと、そうでないビジョンの違い
部下の自発性は、マネジメントの枠組みの外、すなわちリーダーシップによって引き出されていく。その第1ステップがビジョンという名の理想を掲げることであり、ビジョンづくりは情報収集から始まる、というのが前回の学びだった。たとえば、卓越した事例を知ることで「ありたい姿」のイメージが浮かんでくるようになり、その姿と現実とのギャップが変わろうとするエネルギーになる。
とはいえ、まだ心に引っかかるものがあった。そもそもビジョンと言われても、何を意味するのか、自分の日々の仕事とどうつながるのか、いまひとつピンとこない。だからだろうか、ビジョンという言葉には、ある種の胡散臭ささえ感じてしまう。職場のビジョンを立てたところで、校長先生の訓示のように聞き流されてしまうのではないか。
そんな私にメンターは「力を持つビジョンと、そうでないビジョン。その違いは、何だと思う?」という質問を投げかけてきた。そこで、自分なりに答えを考えてみた。
「やはり具体性でしょうか。数字とか、実現までのロジックとか。だいたい、多くのビジョンはふわっとしていて、裏付けが乏しいように思います」
「そうかもしれないね。もちろん、数字や根拠は大切よ。でも、それだけで皆の心は動くかしら?」
解説:マネジャーは「正しく行う」、リーダーは「正しいことを行う」
なぜ、ビジョンは、抽象的で捉えどころがなかったり、絵空事のように白々しく聞こえたりするのでしょうか。
まず、コッター教授は、「ビジョンを描くうえで重要なのは、独自性ではなく、顧客や株主、社員など、重要なステークホルダー(利害関係者)の利益にどれくらい資するのか、そしてそこから地に足のついた競争戦略をどれくらいスムーズに導き出せるかの二点である」としています[注1]。
大雑把に言えば、ビジョンには、(1)確かな実利が期待できるか、(2)ビジネスの競争の中で戦略的に正しい打ち手となるか、の2つが大切になるということです。もっと平たく言えば、「たしかに、そこに向かえば自陣は得をするし、もっと勝ちやすくなるな」というストーリーが描けているかという、ビジョンの「したたかさ」です。このような裏付けがなければ、実利を追求するビジネスパーソンには空疎に響くでしょう。
しかし、それだけではビジョン本来の力を発揮できません。なぜなら、私たちはビジネスパーソンである前に、人として、損得だけでは割り切れない面を持っているからです(そこが、人間という生き物の愛すべきところなのかもしれません)。では、何が必要となるのでしょうか。
ここで、リーダーシップ研究の巨匠、ウォレン・ベニスの有名な言葉を見てみましょう。
「マネジャーはものごとを正しく行う(does things right)、リーダーは正しいことを行う(does the right thing)」(筆者訳)[注2]
マネジメントに問われるのは「物事を正しく処理すること」、つまり、計画通り、手順通り、正しく手を動かしているか、となります。一方、リーダーシップに問われるのは「行いそのものの正しさ」、つまり、自分たちのしていることは、胸を張って正しいと言えるか、です[注3]。
たとえば、二酸化炭素を大量に排出している工場があるとしましょう。二酸化炭素は度外視して、計画通り、規則通り生産できるよう、正しくマネジメントすることは可能です。一方、二酸化炭素を排出しないクリーンな工場へ、工場を正しい姿に変えていくために必要なのが、リーダーシップです。2つは、まったく異なる種類の問いに向き合う行為なのです。
機関車で言えば、マネジメントが問うのは「列車を正しく走らせているか」であり、ダイヤに乱れはないか、規程通りに運行できているかに注力します。一方、リーダーシップが問うのは、「このレールの先にあるものは、正しいか」という、行き先の正しさであり、それを示すものがビジョンなのです。
なお、ここで言う「正しさ」とは、博愛主義のことでも、世間一般の道徳的な正しさのことでもありません。その組織にとって大切な価値観を映しているか、自分たちが本気で大切だと言い切れるか、ということです。
コッター教授が、優れたリーダーは「もっぱら相手の価値観に訴えるやり方で、組織のビジョンを明らかにする」と言うとおり[注4]、組織に集う人々の根幹の価値観に訴える「正しさ」こそが、人々を動かす源となるのです。
突き詰めれば、ビジョンに必要なものは2つ。頭を納得させる「したたかさ」と、心を動かす「正しさ」です。この両方を兼ね備えて初めて、ビジョンに力が宿るのです。
二酸化炭素を排出しないクリーンな工場へ、というビジョンも、それを業界に先駆けて行うことでイノベーションが起き、結果として競合を引き離せるというビジネス上の「したたかさ」と、家族や友達に誇れる仕事を自分たちの代で実現しようという「正しさ」が揃って初めて、力強く人を惹きつけるものとなります。
少なくともビジネスの世界では、どちらかが欠けると迫力あるビジョンにはなりづらいのです。
* * *
自社のビジョンを振り返ると、少なくとも私は「したたかさ」も「正しさ」も読み取れなかった。だから私には響かなかったのだろう。そんな私にメンターは、一つ事例を挙げてくれた。
・あるメーカーに、海外生産拠点との窓口を担うチームがあった。勤務シフトの都合で互いに連絡のつかない空白の時間帯があるせいか、意思疎通にタイムリーさが欠け、それが海外メンバーの働きにくさにもつながっていた。それでも一応、業務は回っていたが、ある担当者は、よりよい生産体制・よりよい組織に向けて、現場発の変革が必要だと考えた。そこで、マネジャーと相談のうえ、「ワン・チーム」というビジョンを掲げ、その一環として勤務シフトの大幅変更を提案した。とはいえ、シフト変更は働き手の生活に直結するため、最初は誰もが及び腰だった。しかし、一人ひとりと粘り強く面談を重ねた結果、最後は全員一致で賛成し、変革に踏み切ることができた。
「それにしても、一体どうやって?」と首をかしげる私に、メンターはそのやり方を補足してくれた。
「まず、彼女は実利面から説明したの。海外拠点との同期が取りやすくなることで、全体の生産性が上がるだけでなく、個人レベルでも、手戻りや余計なコミュニケーションが大幅に解消されることを明らかにした。そのうえでチームの価値観と結びつけた。『海外メンバーたちにも、自分たちと同じように、最高の環境で働いてほしい。そのような機運を積極的につくっていくチームでありたい』と」
「なるほど、まずは実利でしっかり頭を納得させる。『したたかさ』の部分ですね」
「すぐさま価値観につなげたところもポイントね。北風と太陽の寓話、覚えてる? 諸説あるけれど、旅人が太陽に温められてコートを脱いだあと、目の前の湖で泳ぎ出すバージョンもあるの」。ちょっと笑って、メンターは愉快そうに続けた。
「泳ぐのは気持ちいいし、自由な感じもするでしょ。太陽はただ旅人を温めただけでなく、コートを脱ぐ快適さという実利に加え、『自由』という価値観も見せていたんじゃないか、と。まあ、私の深読みかもしれないけれど」
実利と価値観、その両方に訴えられたら、さすがに人はみずから動き出すのかもしれない。嬉々としてコートを放り出し、湖に向かって走り出す旅人の姿が目に浮かんでくるようだった。
「逆に、海外拠点とやりとりしづらいと皆うっすら感じていたのに、業務が回っているからといって、これまで通り進めろと発破をかけるのは、ちょっと北風っぽくない?」。そう言うとメンターは改めて向き直った。
「世の中正しいことばかりじゃないし、折り合いをつけざるを得ない時もある。でもだからこそ、正しいことをするというのは、ポジティブなエネルギーを生むんだろうね」
正しいことが、エネルギーを生む。その言葉は、胸の奥に深く落ちた。
思えば職場では、「正しさ」は必ずしも歓迎されておらず、時に青臭いものとして敬遠されることさえある。私自身も、日々さまざまな場面で折り合いをつける中で、いつの間にか、正しいことから目を背けてしまっていたのかもしれない。
実利を片手に、組織の価値観として正しいことに、いま一度覚悟を持って向き合うからこそ、ビジョンに迫力が生まれる。それがリーダーシップというものか。
メンターは頷いて、その先を問うてきた。
「リーダーシップの第1ステップ、方向性の設定はもう大丈夫ね。次の第2ステップは、何だと思う?」
【注】
1)John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)
2) "The manager does things right; the leader does the right thing," Warren Bennis, On Becoming a Leader, Basic Books 2009. より筆者訳。なお同書の邦訳は『リーダーになる[増補改訂版]』海と月社、2008年。
3)実は、コッター教授とベニス氏は少し違う世界観に立っています。コッター教授はリーダーシップとマネジメントを「機能の違い」と捉え、どちらも不可欠で補完し合うものとしています。一方でベニス氏は、「リーダーとマネジャーの違いとは、状況を制する者と、状況に屈する者の違いである──私は常々、そう考えている」("I tend to think of the differences between leaders and managers as the differences between those who master the context and those who surrender to it," On Becoming a Leaderより筆者訳)とし、両者を「人の在り方の違い」と捉え、リーダーへの成長を促します。ただ、そもそも2人の指すリーダーシップには、理想を実現するものであるなど、本質的な共通点が少なくないこと、また、この抜粋に限っては機能的な役割に焦点を当てていることから、あえてベニス氏のマネジャーとリーダーを、それぞれの機能の大きな部分であるマネジメントとリーダーシップに置き換えて展開しています。
4)注1に同じ。
本連載のバックナンバーはこちら。





