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具体的なアクションに踏み出す前に
リーダーシップの第1ステップ「方向性の設定」として、前回、力を持つビジョンに共通する2つの要素について学んだ。実利で頭を納得させる「したたかさ」と、心を動かす「正しさ」を兼ね備えたビジョンは、皆が意欲的に同じ方向に走り出すための、希望の旗印となりうる。そこに、自身の仕事を意味づけることができるのだ。
そのうえでメンターは「次の第2ステップは、何だと思う?」と問いかけてきた。そこで、私はこう考えた。
「方向性を達成できるように、役割分担する、明確な指示を出す、といったことでしょうか。具体的なアクションを示さないと、組織はなかなか動かないですよね」
「その答え、マネジメントだったら申し分ないんだけどね。その前に欠かせない大きなステップがあるの」
メンターはそう言うと、笑顔で説明を始めた。
解説:人の向きをいかに揃えるか
既存のシステムを回し続けるマネジメントであれば、計画を立て、役割を分担し、明確な指示を出せば、チームはすぐに動き出せるでしょう。コッター教授の整理で言う「計画と予算の策定」、そして「組織設計と人員配置」です[注1]。しかし、変化を起こしていくリーダーシップにおいては、そうはいきません。
たとえば、漁場環境の悪化に直面した漁村のリーダーが、慣れ親しんだ近海に見切りをつけ、遠洋漁業への鞍替えを決意したとしましょう。「海と共存する生活を次の世代に残す」という胸を震わせるビジョンがあり、儲かる算段を示すことができたとしても、それでも、新しい仕事への不安や生活が大きく変わることへのストレス、慣れ親しんだ技術を捨てて学び直す苦労などが立ちはだかります。立派なビジョンを示すだけでは、やはり人は動けないのです。そこでまず、新しい方向性について皆が腹落ちし、揃って走り出せる状態に持っていく必要があります。マネジメントの第2ステップが「組織設計と人員配置」なら、リーダーシップの第2ステップは「人の向きを揃える」です[注2]。
ここで注目したいのが、コッター教授がこの行為に align(アライン)という英単語を使っている点です[注3]。unite(一つに溶け合わせる)のように、個々が変容して同化していく言葉ではない。persuade(説き伏せる)のように、相手を言い負かして首を縦に振らせる言葉でもない。一人ひとりの個性はそのままでありながら、ビジョンが示す方向に揃って向かう。属人化を排除しかねないマネジメントの力学とは、対極にある言葉です。筆者はそこに一人ひとりに対する敬意さえ感じます。
では実際に人の向きを揃えるには、どうしたらいいのでしょうか。
コッター教授は、ビジョンを人々に理解してもらうことは、マネジメントで短期計画を説明するよりもはるかに大変な、コミュニケーション上の挑戦だと言います[注4]。この点について、アリストテレスが『弁論術』で挙げた人を説得するための有名な3要素--エトス、ロゴス、パトス--で説明しましょう。
「パトス」(聞き手の感情を動かすこと)は、優れたビジョンの要素の1つ、「正しさ」(組織が大切にしている価値観)を、圧倒的なコミュニケーションをもって相手の心に届けることです。漁村の例で言えば、「海と共存する生活を次の世代に残す」ということの意味や、それがなぜ大切なのかを、一人ひとりが自分の仕事、さらには人生に意味づけできるまで話し合う。
「ロゴス」(論理)は、ビジョンのもう1つの要素、「したたかさ」を理屈で示すことです。筆者は変革を志す多くのリーダーに伴走してきましたが、この点が不十分であることは案外多いものです。データの質もさることながら、大切なのは、新たな方向性がどうしても必要だという理屈を、わかりやすい物語で示しているかどうかです。遠洋漁業が一番理に適っていることを、話を聞いた一人ひとりが周りの人に自分の言葉で説明できるくらい、しっかり理解してもらう。
「エトス」(語る人に対する信用)については、この点をコッター教授は特に強調しています。「リーダーシップにおけるもう一つの大きな難題が、信用--すなわち、メッセージを信じてもらうことである。信用には、多くのものが寄与する。メッセージを伝える人物のこれまでの実績。メッセージそのものの中身。誠実で信頼に足る人物だという評判。そして、言葉と行動の一貫性である(筆者訳)[注5]」。聖人君子でなくてもいい、皆が唸る実績がまだなくてもいい。未来を誰よりも真剣に考え、誰よりも早く行動に出る。まずは自分の姿勢でもって、その覚悟を見せることが肝心なのです。
信用を土台に、「正しさ」に情熱を乗せ、「したたかさ」をわかりやすい物語で示しながら、対話を尽くして「もう一つの未来」を語る。多様な個性はそのままに、一人ひとりがみずからの意志で、同じ方向に動き出す。リーダーはそんな状態をつくり出していくのです。
* * *
続けてメンターは、一つ事例を挙げてくれた。
・ある事業会社で、新規事業を立ち上げようとした若手社員がいた。会社にとって未知の領域で、ビジネスモデルも奇抜に見えた。当然、審査委員会からは却下され、委員長からは出入り禁止を言い渡されるほどだった。しかし彼は毎朝、委員長のデスクに通い詰めた。質問が出たら丁寧に答え、懸念を示された箇所を修正しては持参し、事業に対する想いを語り続けた。当初は顔を見るだけで不機嫌になっていた委員長は、最後には折れるどころか、一番の味方になって事業を助けてくれたという。
そういえば、私にも似た経験があった。数年前、顧客の要望を汲んで、製品の仕様変更を設計部に掛け合った時だ。小さな変更にもかかわらず、相当な労力を要した。顧客の言い分は至極真っ当なものだったにもかかわらず、理屈だけでは動いてくれなかった。そこで足繁く通い、食事に誘い、ことあるごとに声をかけ、とにかく接点を持とうと試みた。その甲斐もあってか、最後は驚くほど協力的になってくれた。
「一区切りつく段になっても、設計部から『どうする? ここも変えておいたほうがいい?』なんて言い出すくらいだったんですよ」。当時を思い出して、私も少し口元が緩んだ。
「それこそ、自発的に動き出してくれたってことじゃない。あなたはその時、太陽マネジャーだったんじゃない?」
たしかに、小さなものではあったが、私自身が示した「もう一つの未来」だった。それに共鳴してもらおうとして、必死に対話を重ねた。結果として、最初は冷たく見えた設計部の人たちが、みずから動き出してくれた。
メンターはふいに尋ねた。「ねえ、いまのチームメンバーにも、同じように熱を届けている?」
私は虚を突かれた。「直接の部下となると、なかなかそうもいきません。世代的にもそういったウェットな感じは鬱陶しいと思われそうですし、極力、理屈でわかるように伝えています」
「ふうん。メンバーたちには、北風なの?」
「まさか。昭和のパワハラマネジャーじゃないですから」
そう答えながらも、何かが喉の奥に引っかかっていた。昨今ではハラスメントリスクや世代間ギャップも相まって、一歩踏み込んだコミュニケーションは取りづらい。そのせいか、熱意をもって訴えかけるよりも、もっぱら論理や理屈のみに頼っていた。それは、太陽とは言い難い接し方だったのではないか。
その引っかかりを抱えたまま、先ほどから気になっていたことを切り出した。
「エトス、つまり語る人への信用が問われるという点なのですが、結局、リーダーシップには人間的魅力が必要だということではないでしょうか」
「あなたはずっと気にしているけれど、これは先天的なものじゃなくて、誰にでも身につけられるものなの。リーダーシップに必要な、再現性のある人間的魅力って、何だと思う?」
【注】
1)John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)
2) 注1に同じ。"aligning people" は、邦訳では「人心の統合」「一つにまとめる」などと訳されている。本稿では alignの持つ含み(個々はそのままに、向きだけが揃う)に焦点を当てるため、あえて「人の向きを揃える」と訳した。
3) align はラテン語の ad(~へ)と linea(線・糸)に由来し、古フランス語 alignier(線の上に置く)を経て英語に入った言葉で、原義には「バラバラだったものを、一本の線の上に並べる」という視覚的なイメージがある。人に対して使う時は、「基準となる線に、向きを揃える」という含みを持つ。
4)注1に同じ。
5)注1に同じ。
本連載のバックナンバーはこちら。





