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一人ひとりをどうやって動かすか
部下が積極的に動いてくれないという悩みから始まったメンターとの対話によって、マネジメントとリーダーシップの違い、さらに、リーダーシップの第1ステップ「方向性の設定」(ビジョンを描く)、第2ステップ「人の向きを揃える」と段階を踏んで学んできた。その過程で、リーダーシップは再現性のあるスキルであり、カリスマ性とは縁のない、ごく普通の私でさえも身につけることができるのではないか、との期待を持ち始めていた。
そしてメンターは、リーダーシップの第3ステップは何だと思うか、と問いを投げかけてきた。
「ビジョンに向かって人の向きが揃ったのであれば、あとはもう、実際に動き出すフェーズでしょう。そこでリーダーがすべきことは、一人ひとりがきちんと動けるよう、個別具体的に指示を出していくことではないでしょうか」
「たしかに、一人ひとりが何をすべきかを明確に指示すれば、チームとしては動きやすくなる。既存のシステムの運営を続けるマネジメントだったら、それでいい。『南に10歩進んで』と言えば、行動は明確になる。でも、リーダーシップで考えたいのは、そもそも南に歩き出す心づもりがなかった一人ひとりを、どうやって立ち上がらせ、歩き出させるか、よ」
解説:「動機づけと触発」でみずから動き出すよう仕向ける
いよいよ第3ステップ、実際に「人を動かしていく」段階です。
ここで一度、マネジメントとリーダーシップの違いを思い出してみましょう。連載第1回で紹介したように、マネジメントは「既存のシステムを機能させ続けること」を目的としており、「統制」(コントロール)で人を動かしていくことになります。物事があるべき姿から逸脱したら、元に戻す。システムの正常稼働を脅かす有象無象の問題を解決していく。「南に10歩進んでいる」というあるべき姿を示し、途中に障害物があったら、知恵を絞って取り除いたり、迂回したりしながらも、何とかそこに到達するのです。そうして今日も無事にシステムを回すのがマネジメントです。
特筆すべきは、コッター教授の次の言葉です。「リーダーシップは、人と文化を通じて働く。ソフトで、熱い。マネジメントは、組織の階層とシステムを通じて働く。それよりもハードで、冷めている」(筆者訳)[注1]。
マネジメントでいう「組織の階層」とは、指揮命令系統のことです。上司は部下に、仕事としてやるべきことを指示できます。また「システム」とは、本連載でも何度か触れてきたように、正しくインプットすれば望んだアウトプットが出てくるはずの、再現可能な仕組みの総体を指します[注2]。
そこには、人を動かすための仕組みも内包されています。計画、予算、規程、手順、マニュアル、職務分掌、報告ライン、評価制度、承認プロセス。これらはシステムという小宇宙における、人々のあるべき姿や取るべき行動を示すものです。業務上の指揮命令系統を用い、システムに沿う形で人を動かしていく。極論すれば「あなたの職務は、計画通りマニュアルに沿って南に10歩進むことです」で動かす。コッター教授が「ハードで、冷めている」とするゆえんです。
リーダーシップの世界の動力は、マネジメントとはまるで逆です。大きな変化は、嫌々引きずり込まれた人たちではなく、みずから嬉々として参画し、エネルギーを爆発させる人たちが起こすからです。
そのため、リーダーシップの第3ステップは「動機づけと触発」となります。動機づける、触発するとは、仕事だから、役割だからやるのではなく、みずから、動き出すように仕向ける、ということです。マネジメントとはほぼ無関係のはずだった動機づけが、リーダーシップでは人を動かす主軸となるのです。
出所:「【特別インタビュー】マネジャー研修とリーダー教育は異なる」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2002年12月号[注3]
なぜ、リーダーシップとマネジメントはこれほどまでに対比をなすのでしょうか。それは、リーダーシップが私たちの人間性とは切り離せない、という背景があるのだと思います。
リーダーシップとは、「もっと理想の何かがあるのではないか」という希望に向かって、いま現在を大きく変えていく行為です。したたかさとともに価値観に訴えるビジョンを描き、人々の感情も丁寧に扱いながら、人の向きを揃え、リスクを取り、変化を阻む障害を乗り越え、まだ見ぬ「もう一つの未来」に心躍らせながら一丸となって冒険していく。合理性では語り切れない面が随所に宿る、極めて人間らしい行為です。
その動力源は、一人ひとりの心からふつふつと湧き上がる人間的なエネルギーです。指示・命令で心に火をつけることはできません。動機づけと触発により、人と文化を介して育まれていく──まさに、コッター教授の言う通り「ソフトで、熱い」ものなのです。それがリーダーシップの動力の正体です。
自発性は、マネジメントの枠の外で、リーダーシップをもって引き出していく。この連載のテーマの根幹が、ここにあります。
* * *
ひと口に「動機づけと触発」といっても、具体的にどんなことをすればよいのだろうか。どうすれば心に火をつけられるのだろうか。そこで、メンターが例を挙げてくれた。
・あるヘルスケア関連の大手企業に、変革を担い続けた社長がいた。在任中、業績を伸ばし続けたことはもちろん、日本の医療の仕組みを次の世代に残すための変革にも力を注いだ。その社長の口癖は「夢の共有」で、社内報のタイトルにするほどである。時間を見つけては現場を回り、病院を訪ね、時には競合も訪ね、自分の、そして会社の夢を共有し続けてきた。
「医療の、しかも現場のある仕事だからね。毎日の仕事には当然堅実さが求められ、地道な努力が欠かせない。でも、同社のメンバーたちはそれを作業ではなく、夢を実現するための手段と意味づけていた」
「石工の喩えと同じですね。生活のためにすぎないのか、最高の教会を目指しているのか。そんなふうに自分の仕事を理想に向けて意味づけできたら、そんな動機づけができた人々が集まったら、とてつもない力になりそうです」
「そう。そして実際にそうなった」
メンターは、同社のメンバーたちが日本の医療を地道に下支えしてきた話だけでなく、東日本大震災をはじめとする災害の時に、自分たちの通常の業務の範囲を超えて、混乱の最中の被災地に医療材料を届けた話をいくつも聞かせてくれた。
「夢という熱が皆に伝わってエネルギーになっていく──まさに、太陽のようですね」。以前、太陽のように人を動かすメカニズムがある、とメンターが言っていたのを思い出した。
「そう、マネジメントの人の動かし方とは対照的よね。そもそもは報酬の対価としての労働だし、口に出すかどうかは別として、給料分は会社の指示通り動いてください、というのは正論ではある。既存のシステムには、人を動かす仕組みも内包されている。だからと言って、管理者はその便利な仕組みに胡座をかいてよいものか」
これまで北風マネジャーとは、パワハラ気質の強権マネジャーのことだと思っていた。だが、どうもそれだけではなさそうだ。マネジメントの構造を理解しないまま、「組織の階層とシステム」だけで運営をしていったら、職場は無機質で、それこそワクワクしない場所になってしまうのだろう。「動機づけと触発」をせず、「ハードで、冷めた」動力だけに頼り切るのも北風マネジャーなのかもしれない。
それは大きな気づきだったが、だからこそ疑問は残る。
「でも、そう簡単に、動機づけなんてできるんでしょうか。医療のような社会的意義のわかりやすい分野ならまだしも、普通のビジネスをしている私たちには難しそうな気がします」
「分野の話かしらね。どうやったら、人のモチベーションに火を点けられると思う?」
【注】
1) "Leadership works through people and culture. It's soft and hot. Management works through hierarchy and systems. It's harder and cooler." John P. Kotter, What Leaders Really Do, Harvard Business Review Books, 1999より筆者訳。なお同書の邦訳は『第2版 リーダーシップ論』ダイヤモンド社、2012年。
2) John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)
3)「【特別インタビュー】マネジャー研修とリーダー教育は異なる」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2002年12月号。
本連載のバックナンバーはこちら。





