ひとつのブランドを他のカテゴリーにも活用する戦略を「ブランド拡張」と呼ぶ。『マーケティング22の法則』の著者であるアル・ライズとジャック・トラウトは、ブランド拡張に反対の立場を取る。私はここで、彼らへの反論を掲載する。

 アル・ライズとジャック・トラウトには、名著の『ポジショニング』(邦訳1987年、電通。新版2008年、海と月社)でブランディングを発展させてくれたことに関して、深く感謝している。同書で彼らはポジショニングのコンセプトを紹介し、ポジショニングとは人の心のなかにあるブランド認知であると定義した。多くの点で非常に優れた本で、今日でも有意義である。しかし彼らが、ブランド拡張はそのほぼすべてが戦略的誤りであるとしたのは、単純に間違っている。同書に続く1993年の書籍『マーケティング22の法則』(邦訳1994年、東急エージェンシー出版部)では、ブランド拡張に反対する声をさらに高め、「ラインの拡張は最終的には忘却につながる」と述べた。そして、成功したいのなら、ブランドの焦点を狭めなければならないと論じた。

 彼らは次のように考える。ブランド・ポジショニングの強さは状況によって変化する。あるブランドが別の製品分野に広げられたら、ブランドのイメージは弱まって混乱を招き、ダメージは長いあいだ消えない。とくに、製品のクラス(高級・中級など)に関連するブランド・イメージはそうなる。したがって、マーケティングの効率においてメリットがあったとしても、ブランド拡張のリスクをとる価値はない。わずかな例外となるのは、ブランドの生産量が少ない、あるいは予算が非常に少ない、製品がコモディティである、競争がほとんどないなどの、非常にまれなケースだけだ。

 彼らのように、刺激的な意見を述べるのは悪いことではないかもしれない。しかし、上記の書籍がとても有名で影響力があり、企業はブランド拡張に関して彼らのアドバイスに従ってきたので、ここで視点をいくつか提供しておくのも意味があるだろう。以下で、ブランド認知にダメージを与えることなく、ブランドを拡張できる、あるいはブランドが拡張されている理由を挙げる。ここから、なぜブランド拡張が有効な戦略上の選択肢となるのかも説明する。

1. ブランド拡張はブランド想起を弱めるのではなく、逆に強化する。

 ディズニーの例を見てみよう。アニメの製作から、テーマパークのディズニーランドやテレビシリーズに拡張し、のちに小売店舗やより多くのテーマパーク、リゾートホテル、小売チェーン、テレビ局、クルーズ船、ブロードウェイの劇場などにもブランドを広げていった。こうした拡張により、楽しさや家族といった全体的なディズニーのイメージが強固になり、ディズニーのブランドは強化された。また、キャラクター、歌、体験などにより、ブランドは豊かになった。そして、ブランドの露出は膨大なものとなったのである。

2. 拡張が成功すれば、ブランドにエネルギーや存在感、勢いがもたらされる。

 ダヴは、保湿機能を基盤とする2億ドルの固形せっけんブランドだった。1991年に積極的なブランド拡張を開始し、ボディソープやデオドラント製品、シャンプーなどに展開していった。結果として、これが数億ドルの事業となっただけでなく、固形せっけんの売上げも急増したのである。ヴァージン航空の成功も、従来のヴァージン・ブランドを傷つけることなく、むしろ貢献した。

3. 顧客は製品が異なる状況では、異なるブランド認知をすることができる。

 ダヴのシャンプーの狙い(「ウェイトレス・モイスチャライザー」で実現する)は、同ブランドの固形せっけんとは異なっている。だが、ダヴの固形せっけんのイメージが消え去ることなどない。また、GEのジェット・エンジンの認知がGEキャピタルのポジショニングを損なうことはないし、GEからの想起が両者に及ぶこともある。

4. 製品レレバンスは拡張によって影響を受けない。

「製品レレバンス」とは、たとえばクルーズ船という手がかりを与えられたとき、ディズニーのクルーズ船が目に触れる機会が多く信頼できるので、ディズニーが再生される(思い起こされる)ということだ。ディズニーが示されたときに、思い浮かべるのがクルーズ船であっても、テレビ・チャンネルでも、他のブランド拡張であっても、それは重要ではない。したがって、ディズニー・ブランドの拡張はそのレレバンスにマイナスとはなっていないと考えられる。

5. ブランドに対するリスクが認識されたら、サブブランドを使えばいくらか距離を保つことができる。

 たとえば、ピザハット・エクスプレス、マーサ・スチュワート・エブリデイ、ジレットの〈グッド・ニュース〉などはすべてブランド拡張だが、ブランドを損なうかもしれない廉価版の提供 からブランドを守る役目を果たしている。ジレットの〈ヴィーナス〉(女性用)は同社の男性的なイメージを守っている。

 ブランド拡張が常によい選択肢となるわけではない。このことは拙著『ブランド・ポートフォリオ戦略』(邦訳2005年、ダイヤモンド社)に記した。ライズとトラウトが示したリスクは確かに存在する。しかし、リスクは軽減したり、完全になくしたりできる。拡張を避けざるをえないようなポジショニングは、事業やブランド成長戦略を妨げ、あまり企業に貢献しないだろう。


原文:Ries & Trout Were Wrong: Brand Extensions Work April 5, 2012