円安を背景に企業決算は過去最高に迫るレベルだが、日本産業は「電機敗北」に象徴されるような地盤沈下のムードから脱したといえるのだろうか。本質的な国際競争力を築くために、日本産業はどのような戦略転換を図るべきか。東京理科大学大学院イノベーション研究科科長の伊丹敬之教授による提言を今回より3回シリーズでお届けする。

「技術で勝ってきた」は誤解である

 高いレベルの技術開発力を備え、技術経営のあり方や知的財産の活用ついても明確なイメージを持つ優秀な技術者たちが、今必死で研究をしています。東京理科大学専門職大学院でも、産業分野は異なりますが、多くの技術者が学んでいます。彼らを突き動かすものは何か。

東京理科大学教授
イノベーション研究科長
伊丹敬之

 それを一言で言えば、「現在のままではグローバル化する世界のなかで戦っていけない。これから先の出口を探さなければならない」という危機意識です。新たな技術戦略を構築できない。その糸口も見えない――そうした状況で、技術者(学生)たちは、自らに何が欠け、何が必要なのかと問い、技術経営や知的財産についての理論武装に力を注いでいるのです。

 その危機感に対する経営側の対応は、決して手応えを感じさせるものではない。 例えば、イノベーションという概念の捉え方一つでも、学生たちと経営層では歴然とした違いがあります。

 経営層には、いまだに「優れた技術で作られたものであれば世の中に広がる」という “技術信仰”があります。一方、学生たちは、「筋のよい技術があり、その技術が広がりのある製品へと展開される出口戦略があり、そして製品によって社会そのものが動き出すという3つの要素がなければイノベーションとはいえない」と自覚しています。

 私は、戦後の日本産業は、アメリカが準備してくれた市場を舞台に、そこで技術改善を積み重ねた製品を作ることで成長を遂げてきたにすぎないと考えています。先進国の市場が成熟し、新興国の経済が台頭するなかで、世界を動かすオリジナリティ溢れる製品を創造できていない現実が、それを何よりも雄弁に語っています。

 にもかかわらず、「技術で勝ってきた」と錯覚させたのは、明らかに経営の責任です。2012年3月期決算で、パナソニック、ソニー、シャープのテレビ大手3社が合計で1兆6000億円を超える前例のない巨額の赤字を出したのは、まさしく“錯覚”のせいです。その後厳しい事業構造改革が進められていますが、まだ期待すべき「芽」を感じることはできません。

 電機敗北の背景を私なりに整理した上で、今回は新たな国際分業体制による競争力を回復する手だてを考えてみたいと思います。