東京理科大学大学院イノベーション科の伊丹敬之研究科長による、日本産業の再生に向けた提言の2回目は、日本企業の得意技が機能する「複雑性産業」を軸に展開する。

日本の得意技を活かせる「複雑性産業」

  トヨタやホンダのハイブリッド車、ヤマト運輸の宅配便、東レの炭素繊維やヒートテック、リチウムイオン電池の電極材……これらの共通点は何でしょう。

東京理科大学教授
イノベーション研究科長
伊丹敬之

 まず、従前の技術やサービス手法を土台に新しく開発されたものであることが挙げられます。また熟練の技量が擦り合わされた技術やサービスであり、コモディティ化できる要素を持つ一方で、模倣が難しい。したがって付加価値が高いという特長があります。

 こうした特長を持つ産業を、私は「複雑性産業」と呼んでいます。日本産業がこれからめざすべきは、この複雑性産業への体質転換です。

 例えば自動車は、3万点もの部品を使い、人と機械の技術の擦り合わせによって作られます。それが世界中で年間8000万台も売れ、日本メーカーだけで売上高62兆円という巨大な産業です。さらにハイブリッド車は、エンジンとモーターという2つの動力源を使い分ける高度な技術を駆使します。まさに自動車は、複雑性産業の象徴でしょう。

 しかし、勘違いをしないでください。日本産業の優位性は、繊維、造船、電機など特定の産業を軸に議論が展開されてきたため、「電機敗退を受けて、次はどの産業がリードするのか」「やはり自動車か」という議論になりがちですが、それは間違っています。

 私が主張する複雑性産業への体質転換とは、特定の産業がリーディング・インダストリーになるという話ではなく、どの産業にもある複雑性の高いセグメントを追究することを意味します。

 それは、過去から培われてきた技術や得意技を活かした産業発展を志向することにほかなりません。歴史にコペルニクス的な展開はなく、グローバル競争に負けようと、日本の産業の行く末は歴史の延長線上でしか展開し得ないのです。

 日本には他国にはない熟練と技術の蓄積があります。それは、戦後の産業発展以前から受け継がれてきた、言葉を換えれば戦禍を経てもなお蓄積されてきたものであり、日本の得意技の「基礎部分」と表現してよいでしょう。その基礎を活かす技という面でも、日本はチームプレーを重んじ、組織内で細かな擦り合わせを繰り返すという共通したスタイルがあります。これによって、日本企業の得意技は、得意技として機能していたのです。

 第2次世界大戦の敗戦、バブル崩壊という2つの敗戦に続き、電力危機や東日本大震災、製造業敗北という「第3の敗戦」を乗り越えるには、得意技を活かしながら変曲点を曲がる知恵とエネルギーを生み出さなければなりません。それを可能にするのが複雑性産業だと、私は考えます。前回「ピザ型グローバリゼーション」について解説し、日本産業はピザの中心部の一番美味しい“トッピング”が集まっている姿をめざすべきだと書きました。そのトッピングとなり得る複雑性産業への取り組みの必要要素を検証していきましょう。