複雑性のイノベーションの核心は
“アナログ”にある

 ピザ型グローバリゼーションの“トッピング”に当たる複雑性産業のエネルギー源となるのがイノベーションです。それこそが、国内ベースの充実と海外展開への基盤づくりとして重要になってきます。

 その複雑性産業のイノベーションで留意すべき点は何でしょうか。ここでは東レの機能性肌着素材「ヒートテック」を例に考えてみましょう。

 ヒートテックは、コモディティ化してしまいがちなインナー衣料分野での複雑性イノベーションでした。その開発のポイントは3つ。第1に高機能衣料材の核となる特殊なポリエステル素材の開発、第2はいくつもの異なる繊維を低コストで混織したり染色したりする技術の開発、そして第3が、混織の構成の仕方を肌着として女性の感覚に合うように「風合い」をよくすることです。

 第1と第2のポイントは、かなりの技術蓄積がなければできません。さらに第3のポイントは、技術だけではダメで感性が重要です。風合いという感覚的なものをニーズにフィットするよう設計し、また商品として実現しなければならないからです。

 アナログ的能力の重要性と言い換えてもよいでしょう。単に科学やエンジニアリングの世界で技術革新を実現する能力だけでなく、感性価値を判断するアナログ的な能力や、それを実現するアナログ技術が、複雑性製品のイノベーションには必要です。

 考えてみれば、iPhoneやiPadなどのアップルの一連の成功も、「使い勝手、格好よさ、フィーリング」といった感性価値が優れていました。つまり、複雑性製品のイノベーションには、複雑性を使いこなせる科学と技術の力だけでなく、その複雑性が人間にとってどんな意義を持つのか、どうなれば複雑性が人間にアピールするのかを判断する感性的な能力が不可欠だといえるでしょう。

 特に、デザイン戦略です。実際、デザインこそが複雑性製品の圧倒的な競争力の1つの源泉として不可欠で、そこにこそ日本産業生き残りの道がある。

 デザインの重要性を強調すると、「デザインがすべてだ」とデザイン帝国主義に流れる向きがありますが、そうではない。とはいえ、デザインを技術経営(MOT)のなかにどのように組み込んでいくかについては、研究すべき課題が多く、明確な道筋が見えていません。

 しかし、私はさほど悲観はしていません。複雑性産業の基礎として日本の技術蓄積があったように、デザイン分野でも日本には優れた蓄積があります。室町時代以来、日本に脈々と流れている伝統工芸分野での感性と技能の両立が、まさにお手本。世界文化となった日本のコミック文化の原点が、京都高山寺に伝わる『鳥獣戯画』であることは、多くの日本人が納得するところでしょう。